今日も追いかけてゆく。首に巻いてある藍色の布が背中に当たっては跳ねるのを見つめながら。
「今日は茶店でバイトだ!」と、バイトに連れられるのもいつからか当たり前になっていた。なんでわたしが?とか、他にやりたいこととかあるはずなのに、断れないわたしは甘いと思う。
『ねえ、きり丸ー待ってよー!』
「早くしろよ!遅れちまうだろ!」
今日は二里程離れた町まで行くのだけど、きり丸はどんどんわたしとの距離を広げて走っていってしまう。
『はあっ、はあ、…きり丸ーっ!』
ああ、もう既にきり丸の一つに結われた髪がゆらゆら揺れている姿しか見えない。 くのたまだというのに体力がない自分も情けないけれど、ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃない。きり丸の馬鹿!どケチ!つり目!
大きく息を吸い込んでもう一度きり丸の名前を呼ぼうとした時、
「お嬢ちゃん一人かい?」
『えっ?』
「わたしは通りすがりの気さくな侍さ」
『ごめんなさい、わたし先を急いでいるんです、二里先の町まで行かなくてはいけなくて』
優しそうなお侍さんがニコリ。
「一人では寂しくてね、団子でも一緒にどうかね?」
『お団子っ!?』
辺りを見渡せばわたしはどうやら団子屋さんの前で突っ立っていたらしい。そういえばもうすぐお昼だなあ、なんだかいい匂いもするし、
『ど、どうしようかな』
いやいや!冷たいきり丸はさっさとわたしを置いて行っちゃったけどこんなところで道草してる場合じゃない!
で、でも…………
「どうかね、一緒に」
『んー、じゃあひと「名前!!!!」…ひいっ!』
びっくりして振り返ると、それはそれはもう大変ご立腹の様子のきり丸さんが。いつも以上につり目になっている。
「早く行くぞ」
『えっ、わ、ちょ』
腕を引っ張られこけそうになるのを踏ん張りながら、去り際にお侍さんに軽くお辞儀をした。
どうしよう、なんかすごい怒ってる。歩いてからすこし経つけど手腕は掴まれたままでそこに会話は何も無かった。 後ろをとことこ追いかけるだけだから表情は見えないし、実際怒ってるのか分からないんだけど、堪えられなくなったわたしは小さく名前を呼んだ。
『きり丸』
「ばっかじゃねえの」
『え?』
び、びっくりした。速答だった。しかもやっぱり怒ってる。
ごめん、お団子に惹かれてごめんなさい。別にきり丸を忘れてたとかじゃないの。バイトもサボるつもりとかじゃなかったし、その、なんてゆうか。
「物騒なんだぞ」
『え?』
ぼそぼそ話すわたしを遮るように、言葉を続ける。
「お前、ドジなんだからもっと気をつけろよ!世の中良い人ばっかじゃないし、もしあのおっさんが人攫いとかだったらどうすんだよ!変態とかだったらもっとやべーんだぞ!」
『え、あ、でもほら、すごく優しそうな人だったし』
「そういう問題じゃねえの!」
『ご、ごめんっ』
「ばっかじゃねえの」
二回言われてしまった。二回目はほんとに呆れたように、言った後にはあ、とため息をついた。だけどまさかそういうことで怒ってるなんて思わなくてびっくりした。
だから、嬉しかった。
『ありがと、心配してくれて』
首に巻いた藍色の布がゆらゆら揺れている。 こめかみにきらりと光った汗がわたしにはなんだか宝物みたいに見えて、嬉しかった。
「なんか奢れよ」
『ええー』
わたしを横目でちらりと見て少し嬉しそうに笑った。
「心配させた罰だよ」
いつからか自然とその背中を求めていたんだ
今度は隣で歩けるように
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