海賊 | ナノ






今日は船を島に止めて長閑な休暇をとることにした。空は快晴。夏島と秋島の狭間なのか、太陽の暖かさが丁度いい。みかん畑に埋もれながらそんな空を見上げていると甲板の方からはしゃぐ声が聞こえてきた。その中でも太陽みたいな声がわたしの耳に入り込んできた。好きだと声さえも愛しく感じてしまうのね。それにしても楽しそうだな。気になったので声のする方へと向かってみる。


「あ、名前!見ろよコイツ!」

『犬…?』

「さっき船に飛び乗ってきたんだよ。」

「腹が減ったって言ってるぞ!」


ルフィの手元にはフサフサな毛並みを身に纏った子犬がはしゃいでいた。クリーム色の毛がとても可愛らしい。10m以上もある犬と闘ったことがあると話しているウソップの隣でチョッパーはわんちゃんの言うことが分かるらしく、自分より小さい動物が嬉しいのか弟のように子犬と戯れている。相変わらず可愛いな、あの子たち。


『可愛いー!わたしにも触らせて!』

「おうこっち来いよ!」


可愛い可愛いわんちゃんよりもニカッと笑ったルフィの方にきゅんとしてしまったのは、わたしだけの秘密で、甲板まで掛けてゆくとすぐさまわんちゃんがわたしの胸元に飛び込んできた。


「お〜名前に懐いてるな」

『わ、もうっくすぐったいよぉ』

「ずりィぞコイツ」

「いい匂いがする!って言ってるぞ」

「女好きか」

「コイツ舐めすぎじゃねェか?」

「サンジみたいだな」

「おいあんまくっ付くなよお前!」

「あいつの方がイカれてるけどな」


動物と戯れるなんて久しぶりだな。まあ、チョッパーともよく遊ぶけどもチョッパーは喋れるし、うちの船医だし、それにこの子人懐っこいなぁ。可愛いな。わんちゃんと遊ぶのに夢中になっているとウソップが突然飛んでいって(飛ばされた?)からだをくねくねさせたコックが手にスイーツを持って現れた。あ、ウソップ蹴られたのか。


「嗚呼プリンセス…子犬と戯れる姿もなんて素敵なんだ。どうぞ、おやつのミルフィーユです」

『わぁ、ありがとうサンジくん』

「あれ!?ウソップが飛んでったぞ!」

「サンジ!おれにもくれよ!」

「そ…その前におれに治療を…」

「ウ、ウソップ大丈夫か!?医者ァーーッ!!…っておれか!」

「クソどものはキッチンにある。自分で取りに行け」


空腹に負けたのかそれを聞くと一人と一匹はぴゅぅーっとキッチンの方に走り去ってしまった。可愛い奴らだなぁ。


『あれ?ルフィは行かないの?』

「ん?だってサンジそれ持ってんじゃんか!」

「あぁ、これはその犬にだ」

「ちゃんとこの子のためにも作ってくれたんだね!」


サンジくんの左手にはとても犬のためとは思えない素敵な料理が乗っていて湯気がそれを包んでいる。


「当たり前さ、おれは誰にだって優しいんだぜ?な!惚れるだろぉ?」

『わっこれおいしいー!』

「あぁっ!何事にも囚われず食事をする名前ちゃんも素敵だぁっ!」

「名前ーおれにもくれよー」

『なんで?キッチンにあるって言ってたじゃない』

「いやだ、それがいい」


なにやらご機嫌ななめのようだ。いつもならゴムゴムのなんとかでキッチンまですっ飛んでゆくのに、つまんなさそうな顔をしている。


「おいクソゴム、お前のはあっちだっつってんだろ」

「面倒くせェ」

「は?お前…どうしたんだ?」

『ルフィ?』


何だかほんとに今日のルフィはおかしいようだ。お腹が空けば何を犠牲にしてでも奪いにいく(そんなイメージ)のに。そんな時、ナミの呼ぶ声がしてサンジくんは嵐のようにびゅーんと飛んでいってしまった。ルフィは黙ってしまった。どうしたんだろ、この数分の間に嫌なことでもあったのかな。それともお腹でも痛いのかな?


「きゃんきゃん」

『きゃっ、元気だねーお前は』

『あは、やだくすぐったいってばぁ』

「名前」


突然ルフィの声が低くなって一瞬ビクリとした。あ、もしかしてわんちゃん取られて怒ってる?顔を上げると、真面目な顔をしているルフィがいてまた心臓がドキ、とした。そ、そんな顔しなくたっていいじゃない。ねえ、どうしたのルフィ。ほんとに今日なんか変だよ。


「腹減った」

『だからキッチンにあるよ?』

「やなんだ」

『はい?』


ねえ変だよ。だって。ルフィの顔がどんどん近づいてくる。逃すまいとわたしの腕を掴んで、真面目な顔したルフィが近づいてくる。ちょっと待ってよほんとに。なんでこんな状態になってるの?どうするつもりなの?膝に乗っていたわんちゃんは押しつぶされそうになりキャンと声を漏らす。それでも動けないのはルフィが好きだから。


『ちょっと、ルフィ?』

「お前が悪いんだ!」


なにがと問う前に抱きしめられた。心臓が高鳴って自分の耳にまで聞こえる。わんちゃんは耐え切れなかったのかわたしたちの間から無理矢理出ようとしているけど、意識が回らない。


「しっし!お前はもうあっち行け!」

「名前はおれんだ!」


胸がドキンと鳴って、更に訳が分からなくなる。ほんとに変。それって、わたしどうやって受け止めたらいいの?ルフィはわんちゃんを邪魔者のように手で追い払うとわたしをもう一度ぎゅ、と抱きしめた。少し苦しいけど、なんだか嬉しくてたまらない。

ねえもしかして。嫉妬してくれたの?なんだかニヤけてしまいそうだよ。ううんでも笑ってしまっているかも。落ち着いたのかルフィの腕がゆっくりと離れると、眉と眉の間に皺を寄せて、いかにも不機嫌そうなルフィの顔が待っていた。


『ルフィ?』

「やだったんだ」


別にお腹が痛くて(ほんとは食べたいんだろうけど)お菓子を食べない訳でもなくて、わんちゃんを取られて拗ねていた訳でもないってこと?やだった、って。わたしを取られるのが?なんて、自惚れてもいいの?


「名前のせいだからな」

『え?』

「覚悟しろよ」

『へ?え、ルフィちょっ、と…』




では、いただきます

きみを好きすぎたのが原因




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20100331