「アンタいつまでそうやってんのよ。」
キッチンのテーブルにわたしは顔を押しつぶしていた。紙に線をすべらせるその手を止めて呆れたようにナミはそう言った。無理もない。何十分も前からわたしはこのままだから。
『…だって。もう嫌だ。』
「何もしないからそうなるのよ。第一アイツは絶対気付かないわよ?1万べりー懸けてもいいわ。」
『言ったね!約束だよ!絶対!』
「無理だと思うけどね。」
ソーデスネ。期待した所で無理に決まっている。あの船長がこの気持ちに気付くわけがないのだ。あんな単純バカで仲間バカで肉バカ船長なんかに恋などというもの通用するハズがないのだ。そもそも船長は恋という存在を知っているのだろうか。
「少しはアピールしてみたらどうなの?」
『絶対絶対絶対絶対無理!絶対、気付かない…。』
だって、知ってる?私だって少しは頑張ろうと思いましたよ。率先してルフィの冒険に着いて行ってみたり(はぐれて服がボロボロになって帰って来たけど)、食事の時にはルフィの隣に座ってみたり(やけに食べかすが飛んできたことは気にしない)。結局は汚れたわたしを見て爆笑する始末。ルフィが女の子に好意を持つなんてあり得ないなと思った。
「何が無理なんだ?」
『…るルフィ』
振り向いた先にはルフィが立っていて何やらワクワクした面持ちでキッチンへと入ってきた。ナミの手元にあったケーキに気が付いたのが手を伸ばしたところをペン先で突かれている。いや、正確には刺されている、か。
「なぁ何の話だ?」
『…ルフィには関係ない話!』
「なんだよそれ!ずりぃぞ!」
『ルフィには当分分からない話よ』
「気になるじゃねぇか!言えよ」
「名前がアンタのこと好きなんですって。」
そうそう。もう全部あんたの話なのよ。おかげでわたしは、って。ん?今何か聞こえた気がする。思わずわたしは自分の耳を疑った。
『な、ナミ?』
「名前があんたに惚れてるらしいわよ。」
ガボーーン。いまきっとわたしはそんな顔をしている。怖くてルフィの顔が見れない。見れない。見たくない。ナミを睨んでみるものの視界にはルフィが映った。明らかにわたしを見ている。
わ た し を 見 て い る !
ど、どうしてまた黙っているの。何か言ってよ。やだ、ちょっと待ってどうしてくれるの航海士さん!!
「アンタ見てるとじれったいのよね。」
キラリと口元を光らせとどめの一言を放たれた。もしここにサンジくんがいたらメロリーンとか言うだろうがわたしにはただの悪魔にしか見えない。そんな理由で問題発言すなああ!!そしてナミは自分の道具をしまい始めてしまった。こらこらあなたはわたしにどうしようと言うのですか。もうみかん盗み食いなんてしませんから!お小遣半分にしてくれてもいいから!わたしを殺さないでえ!!!
「じゃ、わたし風の様子見てくるわ。」
『まっまだよくない?さっきも見てきたじゃないっ』
「天候は変わりやすいのよ。」
『じゃ、じゃあわたしも行く!』
「この船の航海士はわたしよ?」
『…うっ!』
彼女はわたしに小さく微笑むとドアをパタリと閉めて出て行ってしまった。ちょ。…ちょいちょいちょいちょいちょいちょいっ!!!このっ悪魔!!!!ケダモノ!!野蛮人!!サイテーー!!!部屋にはしーんとした空気に包まれわたしの口もきゅっと閉じてしまう。どうしろって言うの。でも待って、大丈夫。ああ言ったところで船長に恋だの愛なんて分かりっこないんだから。
「なーんだ。そういうことか!」
『え?』
「おれのことが好きなのか!そーかそーか!」
『えっあっ、そ、そうじゃなくて』
「おれも好きだぞ!名前のこと。」
『…。』
シシシ!と嬉しそうに笑うこいつ。どうしてそんなサラっと言ってしまうのかって、聞きたくなる。でも違うんだよ船長。あなたの好きとわたしの好きには違いがある。あまりに笑顔で言うものだからわたしの胸はキュッと締め付けられた。
『違うのルフィ。ルフィの好きとわたしの好きは違う。』
「なにが違うんだ?」
『ルフィの好きはわたしが思ってるような好きじゃないの。』
「どう違うんだよ」
好きだよ、と言い合えば船長とクルーの素敵な日常会話で終わるのに。でもそのまま終われないのはきっとわたしがルフィを好きなせい。ルフィのポカンとした表情がわたしには苦しくて床を見つめた。会話が途切れたままどうしようかと思ったとき、腕に何かが触れた。ルフィの手だった。乱暴な姿から考えられないような優しいその手に戸惑って顔を上げたときに、今度は頬に何かが触れた。
「おれの好きはこういう好きだ」
唇だった。それはそれは優しくてマシュマロがぶつかったのかと思った。唇だと理解した瞬間わたしの心臓は急速に鳴り始めて、顔はものすごく熱くなった。
「どうやったら分かってくれっかなー。まだ違うのか?おれの好きと名前の好きは」
触れていた手はするすると下まで下がり両手の平まで届き、優しくギュッと捕まれた。そして寂しそうな顔でもう一度わたしに尋ねた。
「違うのか?」
なんで、とか。ほんとに?とか。聞きたいことがたくさん生まれたのに。はやく伝えたくて、伝えなきゃと思いルフィの耳元まで口を持ってゆき愛しい気持ちを抑えながら
「おなじ」
そのたった一言がわたしの精一杯。背中に回された腕が暖かくてわたしも大きな背中に精一杯腕を伸ばしたらシシシ!とルフィの嬉しそうな笑い声が耳元で聞こえた。そんな風に笑う彼が好き、だと思った。あ、そうだ。ナミに1万ベリー貰わなくちゃ。
風向き好調
- - - - 20100331
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