―あの後、陸まで連れて行ってくれた真子は、わたしを抱き上げて(いわゆるお姫様だっこってやつ)パラソルまで運んでくれた。
いいって言ったのに、また歩いてる途中で足がつっても困るとか言って、おろしてくれなかった。
運ばれている途中、ひよ里とかリサの真子に対するひやかしだとか怒声が飛んできたけど、なんだか正直よく覚えていない。
抱っこされているということに耳まで真っ赤になってしまって、ぼーっとしてしまっていたから。

そして、今。
足が完全につらなくなったころには、もう日がすっかり沈んでいた。
今日の夕食は、みんなで海でバーベキュー。
ラブがとってくれた魚や、持ってきた野菜や肉をたくさん焼いて。
みんなで楽しくわいわい。

けれど、その途中もわたしはやっぱり上の空になってしまう。
みんなの騒ぎ声はなんだか宙に浮かんでいるようで、まったく耳に入ってこない。
肉の焼けるいい匂いや、炭の焼けるパチパチという音。
それらも今日はまったく感じることができない。
まるで、五感すべてが閉鎖してしまったかのように。

そして、真子の顔をなんとなく見づらい。
それはなぜかというと、昼間の、わたしを助けてくれた時の真子の姿を忘れられないから。
あの時から真子の姿を見ると動悸がするから。

けれど、気が付くと真子の姿を目で追ってしまっている。
わたしを助けてくれた時の真子の真剣な表情や低くて安心できる声、力強く引き上げてくれた腕。
わたしの脳裏に強烈に焼き付いて、離れない。
本当に、どうしちゃったんだろう…

「どうした、名無し?あんま食べてねぇだろ」
『拳西』

大食い女王の代名詞を持つわたしがバーベキューでおとなしくしているのを見て、拳西が心配し声をかけてきてくれた。
いっそ、拳西に聞いてみようか。
この感情の正体は何なのか。

『拳西はさ、好きな人とかいるの?』
「はぁ?なんだよ、いきなり」
『なんとなくだよ、ね、答えて!』
「なんなんだよ、オマエ。まぁ…好きな奴、今はいねえかな」
『そう…あっ、ねぇ、拳西はなんだかんだ白と仲いいじゃない?白は好きな人じゃないの?』
「白ぉ?アイツはちげぇよ。言うなら…妹…や、弟みてえなもんだろうが」
『え…じゃあ、好きな人って何なの?』
「好きな奴と普通の奴の違い?…そうだな、俺の場合だけどよ、好きになったやつにはどうでもいい仕種にまでいちいち目がいっちまうな。んで、意味わかんねえくらい動揺するな」
拳西のその言葉に、わたしの胸を言い当てられたような気分になってドキッとしてしまう。
『た、たとえば…えっと、しゃべったときの声がかわいいな、とか?』
「まぁそんなもんだろ。本当なんなんだ、オマエ?いきなりそんなこと聞いてくるなんてどうしたんだよ?」
『いやっ、だ、大丈夫!ありがとう、勉強になった!っし、食べなきゃ!ほらっ、拳西、食べなきゃ肉なくなっちゃうよ!』
「…オマエ、なんかキモイぞ…」


拳西の言葉の続きを聞くのが何となく怖くて、会話を終わらせてしまった。
あれ以上続けてたら、きっとわたしの胸の中身はすべてばれてしまう。

自分の中で出た可能性を、認めるしかない。



わたしは、真子のことを好きになってしまった。


『…今更か…自分…』





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―あァ、あっかんなァ…

いや、でもあそこで助けへんわけにはいかへんかったから、しょうがないんや。
名無しが無事でホンマによかった思とる。

せやけど…

俺の腕を少し遠慮がちに掴んどった名無しの小さな手、いつもより少し不安げでか細かった声。
抱き上げたときに触れた、白く柔らかい素肌。
すべてが、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
あの時高鳴った胸の鼓動は、落ち着くことを知らないのだろうか。
俺の中で、まだ暴れている。
アイツの全てが、俺を埋め尽くしていく。

…こんなんなる予定なかったんやけどなァ…


これはあれやろ、知っとる。
好き、ゆうやつなんやろ。
もう、認めるしかあらへんやろ…
こんなドキドキしっぱなしなんやから。


「…今更…かい…」


いつの間にか昇っていた、漆黒の中で輝く星を見上げ、小さなため息を誰にもばれないように、ひとつついた。








夏はまだ、始まったばかり。
人を狂わせる夏は、これからが本番だ。




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