何回かそれを繰り返すうち、だいぶ楽になってきた気がした。
「…大丈夫か?落ち着いたか?」
真子の落ち着いた声が聞こえる。
『うん…大丈夫。ありがとう』
「っし、しっかり俺の腕つかんどき。さっさと戻んで」
『ありがとう…』
もう嫌味を返す余裕もないわたしは、大人しく真子の腕に掴まった。
わたしの負担を苦にする様子を全く見せず、さっきとは明らかに違うペースで泳ぎ出した。

ーあ、デジャヴ…
この光景、つい最近見た気がする。
なんだっけ。
…そうだ、遠足だ。
遠足の時もわたしは、真子に助けられた。
わたし、真子をバカにしてる割にはすごく助けられてるなぁ。
感謝しなきゃな。

まだなんとなくぼんやりする意識の中で、そんなことを思っていた。

昔から相変わらずだな、本当。
普段はユルくて適当なくせに、いざとなったときには絶対に助けてくれた。
小さな体で精一杯わたしを守ってくれた。

本当に、変わらない…

ーいや、違う。
自分で自分を否定した。
昔はもっと力も弱かったし、声も高かった(当たり前か)。
沈みかけていたわたしを支えてくれた腕は、ただ細いだけじゃなくてしっかり筋肉がついてて力強くて。
わたしを落ち着かせてくれた声は低く、それでいて安心できる声で。

昔とは、違う

ひとりの男性になっていた。


そう思うと、ぼんやりしていた意識が急にはっきりとした。
なぜか突然緊張してしまう。
何意識してんの、自分。
ただの真子じゃない。

ただの真子。
なのに、なぜ。
どうして、鼓動が早まるの。



「ー名無し、妙に静かやけど大丈夫か?」
『えっ!!!な、なにっ!!!』

考え込んでいるところにいきなり話しかけられたものだから、妙に驚いてしまう。
ちょっと何過剰反応してるの自分…
落ち着きなさい。

「あんまり静かやから沈んだか思うやろ、もうちょい騒いどき」
『い、いや沈んでないし!ちゃんと、掴んでるから!』

腕掴んでる、うん。
あ、そいえばこれ、素肌…
!!

素肌の腕に触れていると気づいた途端、わたしの顔は一気に熱を帯びた。
熱くなった顔を冷ますように、海面に顔をつける。
あーーもう、何してんの自分ほんと…
水面から顔を離して、それでもまだ熱い自分の頬を触る。

…気、気まずい…
騒いどきって言われてから何も話せない。
いつも何かしらの話ができるのに。
なんか、話題…
あ。
そうだ、まだちゃんとお礼言ってなかった。
命の恩人だもん、ちゃんと伝えなきゃね。

『真、真子っ!』
「なんや?」

わたしの声に反応し振り向いた真子の顔にまたドキッとしてしまう。
いや、落ち着け自分。

『あ、あの…助けてくれてありがとう、本当に』
「あぁ、なんやねんそないなことかい」
『そないなことって…助けてくれなきゃわたし沈んで死んでたかもしれないんだから』
「名無しは丈夫やから死んでも死なへんやろ」
『真子』
「イッテテテテテ!やめろや!!!」

嫌味を言われたお返しに、真子の腕を掴む力を強め、ギュムーっと精一杯の力でつねった。
うんやっぱりこういう方が楽しい。
真子とわたしはこうでなきゃ!

『なんかさ、真子とわたしって小さい頃からこうだよね。真子はいつもダルそうにしてわたしに怒られて、けど結局わたしが危なくなって真子が助けてくれるの』
「あぁ、せやな…成長してへんゆうことやな」
『なにそれっ…いや、でも否めないな…ごめんね真子、ずっとお守りさせちゃって』
「ホンマやもー疲れて疲れてかなわんわ」
『そう、だよね……』

疲れる、という言葉を言われてしまい無性に悲しくなる。
真子はしっかり成長してるのに。
わたしはどうしていつまでもこうなの。
あぁ、もう、嫌になってしまう。
ひとつ、ため息をつく。
すると真子が振り向いて、お得意のニヤ顔をしながらこう言った。

「…ま、それが俺の仕事やからな。名無しのこと守るんが小さいときからの俺の仕事やで、せやから気にせんでええ。今まで通り、好きなようにやったらええ。俺が守ったるから」


不意打ちのように、わたしの隙を突くように。
優しい言葉が、わたしに贈られる。
低い声で発された言葉はわたしの心臓に直接響くように、鼓動を高鳴らせた。

なんだか固まってしまって、何も言えない。
声を出せない。
今まで何万回と聞いてきた真子の声なのに、今日はなぜか特別な音に聞こえて。
胸が、暴れる。

「っし、陸まであともーちょいやな。一気にいくで」

『あっ、あ、…う、うん…』

曖昧な反応しかできなかった。
どうしちゃったの、わたしは…
真子相手になんていくらでも口が回るはずでしょう。


なんてことないただの幼馴染み、真子。
なんてこと、ない。
はずだったのに。


太陽に輝く金髪が、なぜか今日は特別美しく、キラキラして見える。
横顔も、肩も、腕も。
いつもとはなにか違って見える。
いつもより数倍、かっこよく見えてしまう。
どうして。



ーまさか、これ、思春期ってやつ?
嘘でしょう?
今さら、真子に、思春期?
ありえない…
自分で自分を否定した。
けれど、触れる素肌の体温にはどうしても動揺を隠せない。

わたし、まさか

真子のこと
好きになっちゃったの?






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