『真子、もう治ったの?』
あれから20分、真子は驚異的な回復力でひよ里の暴行から復活した。
右ストレートによる鼻血はもうすっかり止まり、殴られたことによる腫れも若干ひいた。
「おー…ひよ里のアホがな、手加減ちゅーもん知らんからな…」
そうぼやきながらまだ少し痛むらしい頬をさする、真子。
憎まれ口を叩くくらいならもう大丈夫だろう。
ふと太陽を見上げると、少し西に傾いていた。
泳いだ時間も入れて、あっちを出て1時間くらいはたっただろうか。
『さて、そろそろ戻らないとだね!みんな、体力回復した?』
そう聞いてあたりを見渡す。
しかし、聞いた自分がバカだったと思った。
白とひよ里と拳西とラブはビーチバレー、リサとローズは砂の城作成にせっせと勤しんでいた。
みんなの体力ちょっとなめてたかも…
なにこの底なしの体力。
いや、わたしだって負けないけど。





帰りはみんなでゆっくり、楽しみながら泳ぐことにした。
南の方の海だから、泳いでる途中に少し潜って目を開ければ、そこには美しい魚たちの楽園が広がっている。
すごく楽しい。
たまにはこんな、ゆったりした時間も必要だなぁ。
心が洗練される感じ。

半分くらい戻ってきたところで、
「へっくちっ!」
と異音が耳に入った。
ん?
なんだ今の音。
後ろのほうから聞こえたけど、なんだろう?
『今の、何?』
すぐ横にいたリサにそう尋ねると、
「くしゃみやろ、真子の」
リサは簡潔にそれだけ言った。

ぷっ。顔に似合わずかわいいくしゃみ出すなぁ。
相変わらず真子は誰よりもゆっくり泳いでいたから、少し戻って後方の真子のもとへ泳いで行った。
ちょっとからかってやろ。

『かわいいくしゃみ出すねぇ、真子くん』
ちょっと口端をあげて、嫌味っぽくそう言う。
この顔は真子の得意の顔。
わたしもモノマネ。
「なんやねん…俺は名無しと違ってデリケートやから温度に敏感なんやぞ」
バツの悪そうな顔で、鼻をすすりながら真子は言い返してきた。
『それは真子が弱っちいだけですよー』
余裕たっぷりに、言い返してみる。
そうは言ったものの、温度?
確かに島に行った時より太陽が雲にかかってるかも。
ちょっと気温下がったかな…水温も。
そう思うと、軽く体がブルッとする。
体冷えないうちにさっさと戻っちゃお!
『じゃっ、真子早く戻ってきなよ!わたし冷えないうちに戻っとくね!』
そう言って、ギアを変えて泳ぎ出した。
もちろん、真子はおいてけぼり。
前を見渡すと、あ、もう他のみんなかなり先まで行っちゃってるなーなんて思う。
…それにしても、真子はどんだけゆっくり泳いでたんだ。
少し速度変えただけで、こんな差ついちゃったんだからな。
今から陸に着くまでに、みんなに追いつこ!
そう思ってもう一段階ギアをあげた。



その時。



ピキッ。
その擬音で表すのが的確であろう、鋭い痛みが足に走った。
『っー!!』
自分の身に何が起きたかはすぐわかった。
これ、つった、ってやつだ!
思うように足が動かせない。
待て待てこれはちょっと、まずいんじゃないか?
助け呼ばなきゃだよね、これ。
肺にめいっぱい空気を吸いこんで、大声を出す。
『みんなっー!!た、たすけてっ!!!』
しかし、海に入っている為か思ったよりも大声を出せず、その上声は波の音にかき消され、前方のみんなに届かない。
つった足を必死に動かそうとするあまり、体全体の動きがバラバラになってしまい、前に進むどころか沈んでしまいそう。
怖い、怖い。
さっきまで悠長に楽しんでいた、海の蒼が今は底なしの闇に見える。
急に恐怖感を覚え、さらに体はさまざまな方向へ動く。
けれど、もがく体力がなくなってきた。
体が鉛のように重くなり、動かない。

え…うそ、私、こんなところで死ぬの?
嫌だ、嫌。
怖い。
けど、もう手足動かない…

恐怖から来る焦りで息切れが激しい。
呼吸も、うまくできていないかもしれない。

やだ、やだ!!!
怖い、やだ、助けて、だれか、

『っ…!!』




「名無し!!」



軽く沈みかけていたわたしを、力強い腕で引き上げてくれたのは。

真子。

どうして。
後ろでのんびり泳いでいたんじゃないの。
わたしとかなり差がついてたんじゃないの。


息切れと呼吸の乱れが重なって、少し過呼吸気味になっているのかもしれない。
何となく頭がぼんやりする。

「オイ、しっかりしろ!名無し!」

わたしの体は真子にしっかり支えられ、ゆさぶられる。
『はっ……しん……じ……だっ…ぶ……ゲホッ…』
真子、大丈夫だよ
そう言いたいのに乱れた呼吸が邪魔をして、うまく言葉を発せない。
「ええか?落ち着いて、息吐き出してみ?息吸わんでええから、ゆーっくり吐き出すことだけ考え?」
吐き出す…空気を吐き出せばいいの?
…ふーーーっ…
空気を吐き出すと、自分で意識しなくても自然と息を吸ってしまう。
そしてまた、ゆっくり吐き出す。
その繰り返し。
あぁ、そういうことか、吐くことだけ考えろって。
過呼吸は酸素を吸い込みすぎてなってしまうから。
出せばいいのね。

あ、少し落ち着いたかも。









[*prev] [next#]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -