いつものことである。こうも同じ失態を繰り返すなんて、情けなくて涙がでそうよ、今。全く進歩していない自分の観察力に、思わず溜め息を吐いた。ところどころ石が突き出た床と壁も、丸く切り取られた青空も、必ず一日一回は見る景色。

「…あーあ、また落ちちゃった」

今わたしが居るのは、落とし穴の中。英語で言うと「In the hole」。きっと、あの子が掘ったに違いない。
くノ一教室で落ちこぼれのわたしは、放課後の補習を受けるため、毎日忍たま教室に来ます。そしてこのように、毎日蛸壺の中におちます、えへへ。だって毎回違う場所に掘ってあるんだもん。昨日はここにあったから、こっち!と一歩踏み出せば、足元から崩れ落ちる。あ、ここは土の色がちがうから怪しい!と一歩踏み出せば以下略。わたしの行動パターンを考察した上で、巧妙な手段を使ってくる。あの子は生粋の穴掘り名人なのだ。

(あーあ…)

限られた範囲の空には、ふわりふわりと雲が流れて行く。のほほん。補習の時間に遅れちゃうかも……ま、いっか。のほほん。あんな雲見たら、誰だって焦らなくなるよね。のほほん。それにしても綺麗な空だなぁ。持って帰って、部屋に飾れれば良いのに。なんて思っていた矢先、丸い空ににょきっと影が出来た。

あ、

「綾部ちゃんだ」
「、おやまぁ、また君なの」

そう言った綾部ちゃんは呆れたように、それでいて無関心そうに眉を下げた。これが噂の、穴掘り名人綾部ちゃん。忍たま教室の四年生で、わたしと同い年。もっとも、わたしは留年しちゃって三年生だけど。それに対して綾部ちゃんは、優秀だし、どっかの誰かさん達みたいに自惚れてないし、可愛いし、綺麗だし、あ、男だよ。

「ねぇ、手」

綾部ちゃんが色白の手を差し伸べてくれたけど、泥だらけだったからちょっと躊躇った。わたしが落ちた此処以外にも、たくさんの穴を掘ってたのだろう。おちこぼれくノ一が掛かったくらいじゃ、気が済まないらしい。

「何、ずっと其処にいるつもり」
「ち、違うよ」
「じゃあ早く」

よっこらしょ、と言いながら意外と高い斜面を這い登ると、綾部ちゃんに白い目で見られた。やっと辿り着いた地上の土を踏みしめる。見上げれば、今度こそ限りなく続く、空。うーん、と背伸び。やっぱり、こうでなきゃ。
補習には間に合いそうもないって諦めたけど、この空の大きさに比べたら、ほんのちっぽけなことだよね。何だか、気分がいいや。

「綾部ちゃん、重いのに引っ張ってくれてありがと、あれ?」

そうだよ、よく考えれば、そもそもこんな所に蛸壺掘った綾部ちゃんがいけないんじゃないか。綾部ちゃんと向かい合って、ぐっと睨みつける。このやろう、と掴みかかってやろうと思ったのだけれど、敵の方がちょっとだけ背が高いことに気づいて、戦意喪失。威勢だったものはしょぼぼんと縮んで、替わりにか細い声が出た。

「駄目だよ、こんなとこに穴掘っちゃ。」
「いつものことでしょ」
「…もっと悪いよ。謝って」
「こんなに判り易く掘ってあるのに、落ちるほうが悪い」
「わからないよ」
「でも落ちるのは君と、善法寺先輩だけだし」
「え、伊作先輩もなんだ」
「うん」
「でも、皆は落ちなくてもわたしは落ちるよ」
「君が落ちるって知ってるから掘るんじゃない」
「え、ひどい」
「、」

あれ、普段あまり表情が変わらない綾部ちゃんが、あからさまに不機嫌な顔をした。謝る気も、反省する気もないようだけど、それとはまた違う。寧ろこっちが謝ってほしい、といわんばかりだ。

「ど、どうしたの」
「君、にぶいね」
「そりゃあ毎日穴に落ちる位ですから」
「…やっぱり鈍い」
「知ってる、よ、」

すると綾部ちゃんは、また不機嫌そうに溜め息を吐いてくるりと背を向けた。もうわたしと会話する気はないようだ。まったく、この気紛れさと穴掘り癖さえ無ければ完璧なんだけどなぁ。やっぱり、世の中には完璧な人間なんていないんだよね。その象徴だよ、綾部ちゃんは。
てくてくと2、3歩遠ざかった綾部ちゃんが、振り向きもせずわたしに問うたのは、その時だ。

「で」
「えっ」
「いいかげん名乗ったらどうなの」
「え」

まさか今、そんなこと訊かれるなんて。いくら口数が少ないからって、名前を尋ねることすら億劫だったのだろうか。綾部ちゃんはそこでやっと振り向いて、ねぇ、と急かした。

「綾部ちゃん、わたしの名前知らなかったの、」
「だって言わなかったじゃない」
「それは知ってると思ったから…、」
「くノ一のこの名前なんて、どうやって知るの」
「え、じゃあ、誰か解らない人のこと分析して、落ちそうな所を予想してたの、」
「ううん、気分」
「え」
「たまたま、だよ」

しらっと言い退けた綾部ちゃんは、またくるりと方向転換すると、一歩踏み出して呟いた。



「 気 が あ う ね 」


振り返りざまにちょっと笑った様な気がしたのは、わたしの気のせいじゃないといいな。




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