とにかく、そとにでたくないと思った。


灰色の部屋は、何色にでもなった。黒では染まりにくく、白だと眩しすぎる。あたまのなかで着色しやすい、さいこうの色味だった。むらさき・ピンク・きみどり・みずいろ。あめ玉いろのメリーゴーランドと、【C】からはじまるアルファベットのスペルがぐるぐるまわるゆめをみた。いつだったかは忘れた。でも、ちかちか点滅するネオンみたいなパステルみたいな色とりどりの瞬き、ある種の美学ともとれるそのナンセンスな色彩が忘れられなくて、それからわたしは外にでられない。


うすい塩味は、何味にでもなった。甘さを足しても、お塩をしてもいい。どんな香りをつけてもぴったりになれる、さいこうの香味だった。キャラメルに足して甘みを増すのもいいし、スパイスを振ってもいい。さいしょから奇抜な味にしないほうがいい。いちばんさいしょは、馴染みやすい味にするのがいい。そのくせ、自然派食品はきらい。わざとらしい、とってつけたようなイチゴ味がすき。でも果物のイチゴはたべれないの。わがままだとおもう?


「そんなことないさ」


だれだって、基盤にこだわるものだ。その上に積み上げるものも、さいしょで決まるからな。霧野くんは、きれいな瞳をゆらゆらさせていた。窓のむこうの強風が、霧野くんの目のなかに映っているようだった。わたしは、堅い包みをやわらかく置くような、霧野くんの話し方がすきだった。
霧野くんって、とっても世話焼きみたいね。紅茶に口をつける霧野くんに言うと、ちょっと笑いながら返事をする。


「幼馴染が手のかかるやつなんだ」

「そうなの」

「ああ」

「どのくらい?わたしより?」

「数倍」

なにそれ。きゃっきゃと笑ってみせると、霧野くんも笑う。そのあと霧野の手が紅茶に伸びるのを見届けてから、わたしは「むかつく」と思った。霧野くんに手をかけさせる子なんていたんだ。余計に知りたくない、なおさら外にでたくないとおもった。灰色の部屋のなかで、知らない色を夢みていればいい。もしものせかいで生きていたい。そうすれば、何にも見えなくて、なんでもできる。霧野くんのぜんぶも、わたしの知っている部分だけで構成されていればいいのに。霧野くんは、いろんな世界と時間を知ってる。中身も見た目も彩り鮮やか。それがぜんぶ灰色になればいいと思う。その反面、こんな灰色のせまい部屋で灰色のわたしと談笑しているということが、なんというか、ひどくサイケデリックだなあと、おもった。どちらにしろわたしは、知りたくもない広くて大きな霧野くんの溶け出した一部に目を瞑れない。

「ねえねえ、その子いくつ?」

「同い年」

「おんなのこ?」

「ちがう、男。嫉妬した?」

「やだ、そんなんじゃないもん」

「ほんとに?」

「ほんと」

「どうだか」

「なんか、きょうの霧野くんいじわる」

「いつもは猫かぶってるだけだからな」

「えー?」

「おまえも、かわいこぶりっこすんの、やめたら」


なんでそんなこと言うの、こわいよ。怖気づいたわたしが言葉をつくりだす前に、霧野くんはわたしの肩をがっと掴み、床に押し付けた。背中とあたまが順番にぶつかる。びっくりしたのと、痛いので思わず変な声が出た。そのまま制止の発言もいけると思ったけど、霧野くんの口がわたしの口を塞いでしまったから無理だった。あまりにも唐突なキスだったから、行為の名称を思い出すまでにタイムラグがあって、でも、それはあんまり強引じゃなくて痛くなかった。ゼロ距離の霧野くんは目を瞑っていて、唇をくっつけたまま器用に息継ぎをする。わたしは、こんな霧野くんを知らない。気まずいやら恥ずかしいやらで、つられて目を閉じる。苦しいような、悔しいような、でもなんだかしあわせな気分。よくわからない。わたしはこんな気持ちを知らない。ようやっと唇が離れて息を吐くと、ちょっと満足そうな霧野くんが溜め息みたいに笑った。わたしは目を伏せたまま、霧野くんの長いまつげを見ていた。呼吸を整えてから霧野くんをちらりと窺うと、ばっちり目が合う。ゆらゆら揺れ始めた霧野くんの目が、わたしのあたまのなかでぐるぐるまわりはじめる。どこかで見た景色だった。点滅するネオンの飴玉。パステルカラーのメリーゴーランド。もう逸らせない。


「知りたくなかった?」

「え」

「こういうこと、と、こういう俺」


パレットとキャンバスを兼ねたわたしの灰色の部屋に、むせ返るような甘い匂いが広がる。霧野くんのキスはイチゴ味の香味料よりもすきになりそうで、わたしがさがしていたのは、この景色だったような気がする。【C】からはじまるアルファベットのスペルも、今なら読めた。「COLOR OF THE LOVE」。なんだかお洒落で低俗な歌の歌詞みたい。


「そろそろ、色を足してみたら」

「わたし霧野くんと、手をつないで遊園地に行きたい」






お洒落で低俗な夢のまえに、灰色の部屋は崩れ落ちた。わたしはあなたの瞳のなかに閉じ込められていたんだね。



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