わたしにはひとつ悩みごとがあります。何を隠そう、わたしの彼氏黄瀬涼太くんのことです。黄瀬くんは二つ年下の後輩で、とっても有名な海常高校のバスケ部に所属しています。たまにモデルのお仕事もしているみたいで、雑誌で見かけるとちょっと誇らしい気持ちになります。あっちがいます、自慢じゃありません。そう、悩みというのは黄瀬くんが無自覚で天然なことです。

例えば、先週デートで遊園地に行ったときのこと。おおはしゃぎの黄瀬くんを人ごみで見失いそうになったので、思わず「黄瀬くん!はぐれちゃうよ!」と大声を出しました。すると黄瀬くんはわたしの右手をぎゅっと握り「これで迷子にならないッスね、先輩!」とまぶしいえがお。かっ、と顔が赤くなるのがわかりました。流行のJ−POPを口ずさんでわたしをひっぱっていく上機嫌な黄瀬くん。その半面、わたしは手汗かいたらどうしようとか、黄瀬くんかっこいいからすれ違う人たちが振り返って恥ずかしいなとか、繋いだ手の指が絡まるのにどぎまぎして「迷子になるのは黄瀬くんでしょ」と照れ隠し。じょうずに呼吸すらできていませんでした。実は、黄瀬くんと手を繋ぐのはそのときが初めてだったんです。だから、こういうことさらっとできちゃう黄瀬くんは慣れてるなあというか、わたしって何番目の彼女だったりするのかなあ、なんて思ったらちょっと凹んでしまって。すると、わたしの足取りが重くなったのに気付いたのか、黄瀬くんが立ち止まったのかわかりました。こんなわがままの仏頂面見せられないと思ってうつむいたら、いきなり目の前に黄瀬くんの顔。覗き込まれたと思った瞬間、こつんとぶつかったのはおでことおでこ。わたしと、黄瀬くんの。周囲がざわめいたのがわかったので、自分の状況を想像したら頭がオーバーヒートしました。「ひぎっ黄瀬く」「具合悪いッスか?なんか微妙に熱あるみたいな」「ない!ちがうよ!」慌てて距離を置いて話をそらすため、ジェットコースターに乗りたい、次はあそこ、その次はあれと夢中になったフリをしつづけ、黄瀬くんの誘惑スキルを発動させる隙を与えませんでした。しかし、さいごのさいごに爆弾を落としてくれるのが黄瀬くんです。彼が指差したのは観覧車。しこうがていししました。あんな脱出不可能の密室に二人きりになった暁には、完璧に蒸し焼きになるのがおちです。「えっ観覧車はちょっと…!あっわたし高所恐怖症なの!」「でもさっきジェットコー」「ああっあのえっと、今日いちにちはしゃぎすぎちゃって、疲れちゃった、みたい、な!あっ、あはは…」必死に抵抗したものの、これ以上は不可能だと確信しました。無理のある言い訳を続けられなくなり、言葉に詰まるわたし。それをきょとんと見つめた黄瀬くんは、そのまま黙ってわたしの手を引くと、近くのベンチに座らせました。そして自分も隣に腰掛けると、あろうことか、わたしを引き寄せるように肩を抱きました。思わず肩は上がり、上半身が固まります。金縛りにあったように身動きが取れなくなって、ぎゅっと握りしめたスカートがシワにならないか、なんておかしなことしか考えられなくなりました。その上「寄りかかっていいっスよ」なんて耳元で声が聞こえたかと思うと、声を上げる間もなく横から頭も抱えられて、ダイエット中の体重を黄瀬くんにあずけるしかなくなりました。髪の中に入ってる黄瀬くんの手の温度が、わたしよりもちょっと低かったので、くすぐったくて違和感を感じました。その間も、黄瀬くんはずっとあのJ−POPを口ずさんでいて、その曲が頭のなかをぐるぐるまわって、わたしだけが緊張しているということを示唆していました。観覧車は回避したものの、その日は放心状態で家に帰りました。

それからこの間、偶然朝の電車の時間が同じだったときも、寝起きでぼーっとしていたら、いつのまにか背中にはドア、左右は黄瀬くんの腕で固められ、必然的に正面には黄瀬くんの胸。いわゆる憧れの壁ドン状態でした。だんだん頭が起きてきて、わたしを満員電車の被害から守ってくれていると気付いたときは、優しさと男らしさに改めて惚れ直しましたが、やはり周りからの視線が突き刺さりました。車両が揺れるたびによたよたしているわたしを気遣って、鞄も持ってくれました。

このように、女の子をどきどきさせる行動を黄瀬くんが如何に無自覚で行うか、お分かりいただけたでしょうか。もちろん、そんな無邪気な黄瀬くんがだいすきなのでわたしが慣れるよりほかに、どうしようもないのですが。
今日は黄瀬くんの部活が早く終わるというので、一緒に帰る約束をしています。何が起きてもひっくりかえらないよう、今のうちに心の準備をしておかないといけません。待ち合わせのベンチにはちょっと早めに着くようにしました。さっき友達からもらった最近復刻版が発売された炭酸飲料をひとくち。ちょっとレトロなシトラスの味とあまり強くない炭酸が気に入って、一気に飲み干しました。


「…次からこれ買お」

「オレにもひとくち!」

「わあ!」


あたまの上から声がして見上げると、逆光の黄瀬くんがベンチのうしろから見下ろすようにして笑っていました。


「へんなかお!」

「だって黄瀬くんがいきなり」

「先輩、それ初めて見たッス!ひとくち!」

「あっ、もうからっぽ」


友達の飲みかけもらったから、と続けますが、黄瀬くんはみるみる不満そうな顔。黄瀬くんは不機嫌になるとちょっとほっぺが膨らみます。ジュース飲めなかっただけなのに、こどもみたいでかわいい!なんて思わずニヤニヤしてしまいました。そのとき突然、でもほんとにちょっとだけ悪寒がして、表情が見えない逆光の黄瀬くんが笑ったような気がしました。


「黄瀬くん?おこった?」

「あーあ、中身が入ってれば、先輩が間接キスとか言って真っ赤になるとこだったのに」

「え、うん、なに?黄瀬くん?」

「先輩隙だらけだからちょーおもしろいッスよね、残念だけどこれ替わりッス」


唖然とするわたし。ぽかんと開けっぱなしの口に黄瀬くんの唇が降ってきて、一瞬で離れて、感触と状況がわかったころには、黄瀬くんの真っ黒な決め顔に赤面しました。



メロメロメロウ


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