歌声みたいな泣き声が聞こえた。優しい小雨がまとわりつく。不思議な気持ちになるから、この120ばんどうろは苦手。
 つい最近エリートトレーナーになったばかりのわたしは、ヒマワキシティを訪れていた。ジム戦のときに仲良くなった、ナギと話がしたかったから。彼女が若くしてジムリーダーまで上り詰めた秘訣や、お互いにだいすきなひこうポケモントークに花を咲かせようと思ったのだ。しかし彼女は残念ながら不在で、代わりに年老いた長老のところに呼び出された。ナギと親しく、それなりの信用があるわたしに依頼したいことがある、といったような名目で。そこで長老さんに頼まれたこと、それがこの120ばんどうろに赴いた理由だ。


 120ばんどうろに不幸を呼ぶポケモンがいる。奴が現れると、必ず災いが起きる。我々は恐れている。疫病神を退治してくれ。


 わたしは甚だ疑問だった。そんなポケモンがほんとうにいるのだろうか。そらをとぶ等で避けてはいたが、120ばんどうろなら何度か通り過ぎたことはある。でもそんなポケモン、見たことがない。だいたいそんな恐ろしいプレッシャーを放つポケモンなら、正義感溢れるうちのウインディが黙っちゃいないはずなんだけど。
 そして歩を進めていくと、鳴り止まない泣き声がおおきくなった。ぐわんぐわんと頭のなかに直接響いて、心地よさは失われてゆく。まるで幻覚でもかけられたみたいに。ゆらゆらする手で草を掻き分け、ふわふわする足で近づいてゆく。この地を訪れるたび聞こえてきたこの声こそが、そのポケモンの鳴き声なのだろうか。自分より背の高い草の向こう側。きこえる。
 
「だれですか」

 鳴き声がフェードアウトしていって、響いたのは凛とした声。目の前に男の子が立っていた。

「きみが不幸を呼ぶ、ポケモン?」
「質問を質問でかえさないで」

 言い返された。会話にならない。でも怒っているわけじゃないみたい。真っ黒な目は、真っ黒な肌の色に埋もれることなく、穏やかに光っている。歳はわたしやナギと同じくらいだと思うんだけど、髪の毛はさっきの長老さんみたいに真っ白。ポケモンかどうかは定かではないけど、人間じゃないことは確かだ。いつもならここでウインディを繰り出してバトルに持ち込むんだけど、相手は人間のかたちをしていて、でも人間じゃなくて、うーん、どうにもやりずらい。村長さん、こんなの聞いてないよう。
 とにかく、このひとが災いの元凶ならポケモンってことになる。そしたらバトルができるからこっちのもんだ。わたしは核心に触れることにする。さあ、どう出る。

「ええっと、災いを起こすの、やめてもらえないかなあ。まちのひとたち、すごく怖がってるから」
「おれは災いなんて起こしてません」

 白を切るか。こんどはちょっと怒ったように見えた。

「おれが起こしてるんじゃなくて、起こっちゃうんです。どう足掻いたって避けられないんです。ぜったい起こるものは起こるんです。おれはそれを事前に察知できるから、知らせてあげてるだけなんです」

 災害を事前に察知。その特徴であるポケモンが思い浮かんだ。エリートトレーナーなんだから、ある程度のポケモン情報は頭に入っている。空や大地の変化を感じ取れるため、ヒマワキにくるとき立ち寄った天気研究所でも「今一番注目すべきポケモンだ!」と力説されたあのポケモン。

「きみは、アブソルだね」
「にんげんに見えますか」
「かたちだけは」
「じゃあおれの実験は成功ってわけだ」

 ポケモンのはなしを、にんげんはきいてくれないでしょ。にんげんのかたちをしていれば、おれが疫病神なんじゃなく、災いがくるのを知らせてるだけって信じてくれるんじゃないかなあって、思って。
 彼はそう言った。さびしそうに、自虐的に、にんげんの表情で笑った。ポケモンにもにんげんと同じ感情がある、っていうのはわたしの持論だが、どうやらこれで証明されたらしい。確かアブソルは100年以上生きる長寿のポケモン。このこは何十年もずっと、そんな思いをしてきたのだろうか。

「なんでそこまでして、疫病神なんて言われてまで、災いがくるよって言い続けたの?」

 純粋に、わたしには理解し得ないこのアブソルへの疑問が口をついて出た。アブソルは目を真ん丸くして、まばたきを一回、二回。うーんと考えてから、「なんとなく」と言った。

「なんとなく。だっておれにしかできないことですし。おれがやらなかったら、あのまち、どうなるんですか」

 ポケモンは人間よりも純粋らしい。わたしの仮定も、ここに証明されたようだ。そもそもわたしはこの子を退きに来たのに、この子は全然悪いことはしてないじゃないか。そのことをまちのひとたちはわかってくれない。きっとわたしがアブソルの特性を交えて説得しても、信じたりはしない。どこからともなくやってくる不幸を、避けられない災いや災害を、だれかのせいにしなければ、きっとにんげんは生きられない。天気研究の気象予報技術が発達している今、この子が知らせなくても災害がくることは予測できるようになった。つまり、この子にしかできないことは。

「きみは、疫病神でいいの?」
「それがおれにしかできないことなら」
「きみはそれで幸せ?」
「よくわかりません。生まれたときからそうしてるので」

 ずっとだれかに疎まれて、恨まれて、それが自分にしかできないことだと言うこの子を、わたしは。
 幸せにしたい。ふと、そう思った。この子をわたしが幸せにしてあげたい。生まれたときから疫病神だったこの子に、幸せを教えてあげたい。きっとそれはわたしのエゴイズムでしかないのかもしれない。でも、それでもこの子は幸せになるべきで、まちのひとたちは誰かのせいにしなくても生きていける強い心を身に着けるべき。だれが不幸になったとしても。

「甘やかしすぎだよ」
「それがおれにしかできないことなら」
「わたしといっしょに幸せになろう」

 それも、きみにしかできないことだよ。
 彼は肯定も否定もせず、ただ静かに目を閉じて、わたしが投げたボールのなかに収まった。手の中に納まった、彼がはいっているわたしのボール。

「あしたは台風がくるのに」

 泣き声みたいな歌声が聞こえた。
 あのまちは災いが起きたことをしらない。
 だれかのせいにしないで、にんげんは生きることができるのだろうか。



しあわせのまち
2012.3.7




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