2月10日はふどうのひ!
あきおのひ!




今まで生きてきた中で、おれはこんなに鬱陶しい女を他に知らない。べたべたひっついてくるわけじゃねえのにしつこくて、媚売って愛想振りまくわけでもねえのに腹が立つ。ひとつひとつの行動がここまでいちいち人の癇に障るなんて、ある意味可哀想なくらいだ。そもそもこいつが突っかかってくるよーになったのはいつからだったか、ああそうだ、今年のクラス替えのときだ。

寒いんだかあったけえんだか、ぱっとしねえ天気だった四月のあの日。クラスが替わろーがどーしよーが、別に興味もねーなーなんてぼーっとしてたら隣の席の女に声をかけられた。ちらりと横目で睨みつけて、二度見。第一印象は「なんだこいつ」。制服はだらりと着崩して、メイクはつけまつげまでバッチリ。髪の毛は辛うじて茶色に見えるくらいまで色抜くだか薄く染めただかしてある。ケバくはねーけど、こいつまじで学生かよと思った。あとちょっと引いた。まわりのやつらもそいつをチラチラ見てはびびってるみてーだったし、あっ、おれのこと見てんの?うっぜー見んなー。こいつとは関わりたくねーなーと思いつつも、なんか用っすかと短く返事をした。

「えっ、ふどーくんってゆーの?へー、ちょうかっこいい!わたしふどーくんのこと、ちょうすきかも!」

チャラ…と思わず口をついて出た言葉に、女はわざとらしく頬を膨らませ、眉をしかめた。

「ふどーくんに言われたくなーい!」
「おれ全然チャラくないですけど」
「その言い方がもうチャラーい!あっあとその髪の毛も!」
「うっぜ」









女はその後も、事あるごとに告白紛いの言動で周囲を沸かせた。ちなみにおれは全然沸かない。で、その頭沸いてる女なんだけど、なんかぱっと見のチャラさとか、余裕綽々の態度のでかさとか、なんとなく年上っぽいから、どーせ留年でもしたんだろーよと思ってたらガチ同級生だということが判明(クラスの女子談)。ちょっとは気を使って一応敬語使ってた礼儀正しいおれも、判明後はテキトーな暴言と一緒にスルーしまくった。いちいち構ってやんのもアホらしい。

「ねえねえ不動くん、いいかげん付き合ってよ!」
「むり」
「えええなんでええ!?あっ、も、もしかして、かっ彼女いる感じ…?」
「いねーけど」
「じゃあなんでええ!?ねえ…正直わたしのこときらい…?」
「だいぶ」
「ひっどぉおいい!でもいいじゃんお願い!」
「なにがいいの」
「だってわたしは不動くんのことちょうすき!どれくらいすきかっていうと、酢豚に入ってるパイナップルくらいすき!地の果てまで追っかけるよ!!」

なにそのビミョーな価値観、わかんねえよ、(あ、おれは酢豚に入ってるパイナップルしょっぺーのか甘めーのかすっぺーのかよくわかんなくてきらい)なんて野暮なことは、その後の長くなるであろう説明を省きたいので言わない。でも、地の果てまで追っかけ回されんのはキモいよな。うわあ、こいつマジでやりそう。っつーかもう現にストーカーっぽいことされてるし。ストーカーは立派な犯罪だから訴えんぞ、って言ったら「わたしの生きがいを奪うの!?呼吸と同じよ!生理現象よ!」って力説されてドン引きした。で、こいつにおれの場所とか教えてんのおれの近くにいた女子だし。なんでそんな協力体制築いてんの、なんでおれ常に見張られてんの、怖えぇよ。あー…、やっぱここはちょっと真面目に振っとくか。まともっぽいこと言えば、こいつ馬鹿だから頭追っつかねーだろ。

「あー…、おれ今サッカーのほうがすきっつーか、サッカーに集中してーし、恋愛とか、今は正直考えられねーっつーか…あっ、今おれサッカーが恋人だからさ」
「うわぁ、なにそれきもちわるい」









ってわけで、崇高なおれの考えは、あんなダメ人間の世界代表みてーな乏しい脳みそしかもってない女には理解し難かったらしい。おかわいそうなこって。それどころか、聞く話によると学校の授業にすら着いていくのがやっとらしい。やっぱりな。おれを追っかける前に、まずは授業に追っつけと思う。ちなみにおれは結構勉強できるので、テスト週間で部活禁止のときはよゆーでそっこー帰るはずなんだけど、今、おれの目の前には顔も見たくない、歩く公害、喋る汚物が立ち塞がっている。邪魔、どけよと言ったらマジ本気で泣き付かれた。このゴミ女、きたねえ汁撒き散らしてんじゃねーよ。こってり塗りたくったマスカラとかシャドウとかが全部流れて、タスケテェ…タスケテェ…と呻く姿は、もう一種のホラーだった。

「おまえさあー、数学なら担任にきけよ。数学あいつ持ちだろ」
「無理いい、普通の一般の生徒が先、って言われたああ、わたしだって一般性だよおお」
「そりゃ担任が正しいわ。じゃ、おれ帰るんで」

がっしり。

「ノートだけでもいいから貸して!」
「はあ?おまえにノート貸して、おれどーやって勉強すんの」
「どうせしないくせに」
「しなくてもできるんでね」
「むかつくう」
「むかつくんなら、キドークンあたりにでもきいたらどーだよ」
「あの人はもっとむかつく」
「はげど」









この間は最終的に押し負けてノート貸しちまったけど、アホ女は数学赤点だった。けっきょくかよ。きっと、おれのノートは高度すぎて解読不可能だったのかもしれない。もちろん、おれ自身は数学得意だから、よゆーでクラス三位だった。はー、ここまで不公平だと、世の中かわいそうなやつが多いよなあ。生まれつき持ってるもんでこんなに差があるなんて、と哀れんでいたら、かわいそうな張本人が廊下の角からひょこっと顔を出した。いや、ひょこっと、なんていうと可愛い感じがするが、実際別に可愛くはない。むしろすげえにやにやしながら、わざとらしい上目遣いでおれの顔を覗き込んでくる。おい、上見すぎ、白目になってんぞ。とは言わないけど。

「ふどーくんっ、ハイこれあーげーる!」

今度は押し付けか。うふふ!と笑いながら差し出してきた箱は、なんかよくわかんないけど、白くて赤リボン巻いてある。こいつ勉強できねーくせに手先は器用だな。勉強しろ。あ、ああー思い出した、今日おれ誕生日だ。って、んなわけねーし、マジで今日なんかあったっけ。つーか今日何日だ、2月10日だよなー…ああ、わかった、おっけ、ごめんマジなんの日?

「なにこれ」
「バレンタインデーェキーィッス!」

早くね?こいつバレンタインデー何日か知らねえの?おれでも知ってんぞ、4日も早いじゃねーか。それか、バレンタインじゃなくて今日が何日かわかってねえの?それやばくね?認知症とか痴呆とかアルツハイマーの症例じゃねえの、それ。なに…こいつ…そんな年食ってんの…

「おまえやばくね」
「やだあ、不動くん、今ちょう失礼なこと考えたでしょー!」
「まあ」
「ひどぉい!わたしだってお年頃の乙女心くらい持ち合わせてるよぉ!」
「今日何日」
「えっ、とおかぁー」
「バレンタインは」
「じゅうよっかぁー」
「じゃあなにおまえ、地球上の全人類が擁する、時空に対する平衡感覚とかそういうのがずれてんの」
「ちゅうにびょうめ」

うっざ。馬鹿の癖にうるせえよ。だいたい厨二病ってなんだよ。まず、厨二病とはなにか定義を明確にしろよ。

「じゃあなんなの、おまえバレンタイン前後一週間は大売出しフェアなの、バーゲンかよ」
「ちがうってばぁー」
「ちがうのかよ」
「わたし今日でガッコやめるさぁー」

は。えっ、まじかよ。こいつあしたからいねーわけ?いや、まじかよ、ありえなくね?そんな、あーえっと、やっぱ成績足りなくて留年すんのは色々無理だからか。

「いや、成績じゃなくておしごと!やっとジュニアだったモデルさんの事務所、せーしきに所属決まったから!」

いや、ちょっと待て、そして現実と鏡を見ろ。おまえみたいなブスの寸胴がモデルなんかできるわけねーだろ。単位落としただけで話盛るな。取り返しのつかない冗談もあるんだぞ。明日追試だからって現実逃避すんなよ。え?

「だから、バイバイってこと」

そのとき、その言葉をきいて、その顔を見て、おれは悟った。いままでの間延びしたアホ丸出しの喋り方も、ヘラヘラした笑顔が張り付いた不細工な顔も、そこにはなかったからだ。いままで見たことのないオトナっぽい雰囲気をまとって、にやりと笑う。うわー、おれ、

「だまされたー」

思わず苦笑い。すると彼女はまたおれの知らない不敵な含み笑いを残して、そしてあの女からは想像もできないような優雅なターンを決め、くるりとおれに背を向けると、それもまたキレーな足取りで廊下の向こうへ歩いていった。
なんだ、あいつ、マジで馬鹿だと思ってたのに意外と策士じゃん。不動くんのことちょうすきかもぉーなんて、それで現代女子高生のつもりかよ。数学できないとか、嘘泣き決め込んでかわいこぶってんじゃねえよ。キドウクンむかつくなんて、さりげなくおれの機嫌とってんじゃねえよ。貸したノートに訊いてもねえメアド書いてんじゃねえよ。そんでもってチョコ手作りとかしてんじゃねえよ。あーもう、なにからなにまで全部くっそむかつくなー。あーはいはい、いわゆる押してだめなら引いてみろって作戦?おれに追っかけろってこと?マジうぜえ、喧嘩へ売ってんのかよ、いい度胸ですこと。ふーん、へえー、いいじゃん、やってやるよ。





わたしのなかのあきおくんは、ツンデレでもちゅうにびょうでもなく、血気盛んだけどあんまりしゃべらないただの馬鹿です。




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