06




リズとシーザーは、何時もの公園へと来ていた。
波紋を上手く調節して扱えるよう、シーザーに教わるためだ。
今日は波紋の力でコップの中の水をゼリーのように固形物に固める、という修行内容で、シーザーも昔同じような修行をしていたと話していたことをリズは思い出した。
見晴らしはいいが誰も来ない公園の丘の上で、家から持ってきた紙コップを用意し、子どもが使うようなサイズのレジャーシートを敷く。

「これがピクニックだったら、最高なのに」

「ピクニックなら、来週友人と約束していただろう。確か、…アンナとカーラに」

「そう。でも、カーラの家族旅行で中止になりそうなの!他の用事なら怒ったけれども、家族旅行なら、何にも言えないし」

隣で胡座をかくシーザーと会話しながらも、コップにミネラルウォーターを注いでいく。
この修行は何度か経験があるが、シーザーの出す課題を最後までクリア出来たことはない。
準備ができたことをシーザーに合図すれば、彼は両手に波紋を通わせてコップを手に取る。

「いいか?まずは両手を使って中の水を固める。それから、手のひらを使わずに指だけで、それが出来たら、人差し指一本を水の中に入れ、コップから水を取り出すんだ。普通ならそこまででいいが、リズの波紋を抑える修行でもあるからな。氷のように固めずに、ゼリー状にするんだぜ」

順を追って、実際に波紋の能力を見せるシーザー。
簡単にやって見せるが、リズにはこれがなかなか難しい。
シーザーからコップを返してもらい、両手に波紋を流してひっくり返してみる。
完全に固形物と化した水はコップから離れることはなく、そのままそろりと手のひらを浮かせてみる。
ここまでは、いつも通りだ。
ふう、と一息ついてコップの口を上に戻す。
次は指一本で水を操らねばならない、と意識を集中して水の中に人差し指を差し入れようとしたが、流す波紋が強過ぎたのか、氷のように固まってしまっていた。

「…う、うふふ!」

「なんでそう、お前の波紋は極端なんだろうな…」

笑ってごまかしてみてもダメで、リズは仕方なく波紋をとめて中断する。
自身に流れる波紋が強すぎるためか、どうしても上手く調整が出来ないのだ。
今だって、何かに影響を与えるほどではないが微量の波紋が流れ出ていて、完全に消すことはできていない。

「私、才能無い?」

シーザーにそう問えば、真剣な目でリズを真っ直ぐに見て「バカ言え!その逆だ。ただ、使い熟せてはいないがな」と厳しくも励ましてくれる。
そんなシーザーが、リズは好きだった。
無くしかけたやる気を取り戻して、水の中に指を入れて再度波紋を流し込み、そっとひっくり返してみる。
水はこぼれることはなく、慎重に、ゆっくりとコップを外せば、見事に固まって指の先に留まってみせた。
だが、また氷のような硬さである。

「やっぱり私、才能ないんだ…」

がっくり項垂れるリズを再度シーザーが励ますのだが、今回はそれも意味を成さない。
もう今日は帰ると駄々をこねて波紋を解こうと身体の力を抜くが、どうも上手くいっていないのか水は液体に変わる素振りを見せずに固まったままだ。
リズの指から離れようとしない。

「どうしようシーザー!取れなくなっちゃった…」

「泣くなリズ。いいか、落ち着いて対処しなければ出来るものも出来なくなる!まずは落ち着いて息を吐いて…」

「う、うん…」

言われた通りにゆっくりと、肺の中を空っぽにするように息を吐く。
数秒後には、パシャリと弾けて水は地面に落ちて、じんわりと土を濡らした。
ほっとため息をついて完全に身体の力を抜き、リズはレジャーシートの上に倒れこむ。
シーザーも、上手くいかなかったが頑張って見せたリズを褒めるように、ほんの少しだけ手に波紋を宿し、あやすように頭を撫でてやった。
そのシーザーの手の優しさが心地よく、リズは嬉しそうに目を細める。

「まるで野生を忘れた猫みたいだな」

「うふふ、それは可愛いってことかな」

「犬猫のような可愛さでお前は満足なのか、リズ」

「恋人なら嫌だけど、シーザーならいいよ」

リズがあまりにも幸せそうにそう語るので、シーザーは何も言えずにただ頭を撫で続けてやるしかない。
まるで家族のようだ、とシーザーが言えば、家族でしょう?と返ってくる。

「今日はもう疲れちゃったし、お母さんのお使いもやらなくちゃいけないし、もう帰ろう?」

「…そうだな、今日はこのくらいにしておこう」

「時間はまだまだあるんだもの、ちょっとずつがんばって、結果を出せばいいのよ」

リズはそう笑うが、その言葉に何か引っかかるものがシーザーにはあった。
はたして、自分はいつまでリズの側にいてやれるのか、と。






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