「そんなところで眠って風邪をひいても知らないぜ」という声でパチリと目が覚めた。
つい部室のソファーでうたた寝をしてしまっていたらしく、声の主であるディエゴはソファーの空いたスペースに腰掛けて、頬杖をついて私を見ていた。
ふわ、と大きな
欠伸をして背筋を反らせば、ディエゴもつられて大きな口を開けた。
「あ、移った」
「移ってなどいない」
「だって欠伸した」
「朝が早かったから、オレだって眠いんだ」
「タイミング的には移った」と言い返そうとしたが、それも不毛な議論になる気がして、口を閉ざす。
今は何時だろう、と時間を確かめるためにスマートフォンを取り出して画面を見れば、まだ昼過ぎ。
私の次の授業は夕方の五講目までないので、まだまだのんびりしていられそうだ。
「…朝は、シルバーバレットの様子を見に?」
「ああ。…先日やっと、イギリスからこっちに届いたばかりだからな。丈夫な馬だが、長旅で少し疲れた様子だった」
「じゃあ、もう少し休ませてあげた方がいいよね」
馬の調整には時間がかかることが多い。
海外からの移動なら尚更で、一週間後のレースにはディエゴが出ることも決まっていたが、乗る馬は別に手配した方が良さそうだ。
最も、当日どの馬で参加するのかは、ディエゴが決めることだ。
ディエゴ自身は、それまでにシルバーバレットの調子を上げて、彼に乗って優勝を掻っ攫う気でいるらしく、毎朝眠そうにしながらもしっかりと世話をしてあげている。
「ツンデレ…」
「はあ?」
「なんでもない」
うっかり口から出た言葉の意味をディエゴが知らないことを祈りながら、それ以上何かを言われないように、学食に行こうと彼を急かした。
若干面倒そうな顔をしたものの、私に付き合ってくれるあたり優しいと思う。
サークル棟から歩いてすぐの学食は、もうすぐ三講目が始まるということもあって混んでいる様子はなく、多少のんびりしても迷惑はかからなそうだった。
「ディエゴは、ご飯もう食べた?」
「ああ」
「じゃあ付き合わせちゃったね、ごめん」
わりと無理やり連れてきてしまったが、やっぱりディエゴは嫌な顔一つしない。
この顔でこの性格だからモテるんだろう。
そんなディエゴを連れ回してる現状に心の中で鼻を鳴らしたら、顔に出てしまっていたのか「だらしない表情」と窘められてしまった。
なんとか平静を装って、カウンターの職員さんにハンバーグ定食を注文する。
小銭でなんとかぴったり支払えないかと財布の中身を見ていたら、ディエゴに財布を奪われる。
「何するの」
そう睨む私の言葉を無視して、彼は自分の財布から出した千円札を職員さんに握らせた。
あまりにもスマートな手口にあっけに取られ、財布を返してもらっても「ありがとう」の一言も喋ることはできなかった。
運ばれてきたプレートを受け取って、先に席をとりに行ってしまったディエゴの後を追いかければ、なんと彼はジョセフさんとシーザーさんに捕まっていた。
ジョニィとジャイロならまだしも…と思いながらも近付けば、私を見つけたジョセフさんはヒラヒラと手を振る。
「オイオイ名前ちゃんよォ〜、いつの間にジョニィからコイツに乗り換えたワケ?」
「ジョニィから?ジャイロからの間違いだろう」
「…あの、どっちも違います」
そう訂正したって、この二人が、はいそうですかと私の言葉を聞き入れてくれたことはない。
めんどくさい二人なのでどこか違う席に行こうとしたのだが、あっさりと定食のプレートを奪われてしまい、相席することになってしまった。
のんびりせずにさっさと食べて、またサークル棟に戻ろうとハンバーグを箸で割く。
もくもくとご飯を口に運ぶ私をよそに、二人の会話はどんどんヒートアップしていく。
「そもそもな、俺にはちゃあんと、名前ちゃん含めた将来設計があるわけ」
「どうしてお前の将来に名前が関係あるんだ。スージーQが居れば十分だろう!」
「いいや、わかってねえな〜シーザーちゃんは!」
親戚付き合いがどうの、いやそれならばどうの、聞いているだけで頭が痛くなってくる話だ。
ディエゴは全く話に参加しておらず、つまらなそうに欠伸をして、それに釣られたのか私もふわっと欠伸をする。
なんだかデジャヴを感じる、とチラリとディエゴをみれば、同じように私を見ている。
「うつったな」
ディエゴが憎たらしいほど綺麗にニヤリと笑うので、「うつってない」と意地になって再び目の前のご飯に集中した。