起き抜けにすぐ、横に飛び跳ねるようについてしまった寝癖を見て、美容室に行く決心をした。
櫛で少しだけ整えてから、もう空になった紙パックのヨーグルトドリンクのストローを咥えて行きつけの美容室に電話をかける。
ついでに手帳を開いて、予約できそうな日をあらかじめ確認しようとしたのだが、この先の休みは全て予定が入っていた。
どうしようか、と首を捻ったところでプツリと呼び出し音から通話に変わる。
少しねちっこい声の男性が店名を名乗った。
「あ、メローネさんだ」
よく知った相手であったためそう当て
てみれば、「その声は名前ちゃんだ」と向こうも私の名前を口にした。
「予約したいんですけど、…今日とか空いてますか?」
「今日?昼すぎからいいよ?」
「よろしくお願いします」
あっさりと急な予約がとれたので、安心して電話を切る。
昼すぎ、となればもうそれなりに準備を始めなければならない。
とりあえず、着替えて遅い朝ごはんを食べよう。
ふわっとあくび一つしてから、夕飯の残りであるシチューを温めようとコンロを捻った。
■
アルバイト先のブランドー邸を少し通り過ぎたところに、私の行きつけの美容室がある。
こじんまりとした外見で、なおかつ男性二人で営業しているので、いつも空いている。
ドアを引けばカラカラと鈴が鳴り、レジスターをいじっていたホルマジオさんが「いらっしゃいませ」と少しおどけたように迎えてくれた。
「いらっしゃいました」
「随分と大口叩くお客様だなァ、オイオイ」
「予約してたんですけど」
「それはそれは、よくいらっしゃいました」
私が冗談を言えば、しっかりと付き合ってくれるホルマジオさん。
初めて会った頃は、剃り込みの入った坊主頭と体格の良さにびびってしまい会話することはあまりなかったが、話してみるとどこか兄貴気質なのか、とても気さくないい人だった。
ホルマジオさんにに担当を変えようかとも思ったことがあるが、彼が男性客担当なのとメローネさんが泣きつくのとで、保留にしてある。
荷物とカーディガンを預けていたら、メローネさんが箒を片手にこちらにやってきた。
「久々だね、名前ちゃん」
「うーん、出来れば会いたくなかった」
「エッ、何それ。随分酷いじゃあないか」
ここでおどけて泣く仕草でもすればまだ可愛らしいものだが、ニヤニヤしてこちらを見てくるので面倒くさい。
「カットといつものパーマで」と話を切るようにメニューを言えば、「つれないね」とメローネさんは肩を落とし、ホルマジオさんはそんなやり取りを見てお腹を抱えて笑った。
髪や肩を触られて嫌だと感じない辺り、メローネさんはやはりプロのスタイリストなのだと実感する。
パーマをかける前に長さを揃えようと櫛で私の髪を丁寧に梳かしていく姿は素直にかっこいいと思う。
いつも仕事モードで居ればいいのに、と鏡ごしにその姿を見ていたら、ふと視線が合い、「指テクに見惚れてた?」なんて下ネタをぶつけてきた。
「知りません」
聞いてなかったかのような振りをして雑誌に目を落とす。
そんな私のあからさまな態度も気にせず、「そういえば、ジャンプー変えただろ」と続けて質問をしてくる。
「ちょっと奮発してみました」
「手触りもいいし、傷みも少なくなってる」
「ほんとですか」
「あと匂いもいいね、興奮してきた」
「…」
その一言がなかったら完璧なのに、とため息をついて、それからは何を言われても雑誌に集中して聞こえないふりをした。