名前は少量のコーヒーを飲み干して、ジョニィの呼びかけも無視し身の冷えるような風が吹く外に出る。
先ほどの言葉は自分らしくなかっただろうか、どうしてジョニィを悩ませることを言ってしまったのか、頭を冷やせば答えが出るような気がした。
鼻で冷たい空気を吸って、溜めて、吐き出す。
白く煙を巻いて二消える酸化炭素と一緒に、少しだけ胸の火照りも消えて行った。
けれども、すぐに戻るのも良くない。
数分でまたジョニィと顔を合わせてもまた気まずさが生まれるだけなので、仕方なく、名前は薪を拾い集めているであろうジャイロを探すことにした。
町を離れて山道を引き返すことはしていないだろうから、村の入り口から夕方に立ち寄った離れの店までのどこかに居るだろう。
薪の在り処、町の中、そうやって場所を絞っていけば、すぐにジャイロは見つかった。
名前を呼んで振り返った彼は、めんどくさいヤツが来たというような表情をする。
「ねえ、そんなに私のことが嫌いか?そろそろ本当に傷付く」
「胡散臭い、のがいけねえってわかってるんじゃあねーか?」
「…まあね」
名前が「半分持つよ」とジャイロが腕に抱えていた薪を取ろうとすれば、少し身体を捻るようにして態度で断られる。
何故かと問う前に、「女に持たせる訳にはいかねーだろ」となんともイタリア男らしい言葉が返ってきた。
「私、今は男なんだが」
「何処がだ?顔も変わっていないし、いきなり筋肉質になったわけでもないだろ。そんな男がこのレースにいたら、ここまで活躍出来ているのが奇跡ってくらいだぜ」
「…やっぱり君は、察しが悪いというか、なんというか」
あからさまに呆れた様子を態度に出せば、ジャイロはむすっとした顔をして名前を睨む。
この表情が先ほどのジョニィと何故か重なって見え、自分の性格の悪さが招いたことをなんとなく察して、少しだけ反省した。
「あー、ジャイロ。君は、そう。察しが悪いと言ったのは本当だが、まあ、私も含んだような物言いだったのは認める。反省するよ。だけどこれは私の生きる術の一つだからさ」
「…ニョホホ、お前さん、謝るの苦手だろう」
「…認めるよ」
名前が自分に苦笑してみせれば、ジャイロも愉快そうに笑う。
名前は自分に足りないのは素直さだと理解し、ジャイロには、本当のことを教えてもいいのかもしれないとぼんやり思い始める。
宿に戻ったらちゃんと伝えよう、と名前は決めて、「行くぞ、名前」と呼ぶジャイロの一歩後ろを着いていった。
■
ジョニィの待つ宿の近くまで戻ってきた二人は、その宿の周辺の異常な雰囲気に気付く。
やたらとハエが多いのだ。
自分の身体にとまって来ようとする不愉快なハエを手で払いつつ、「私が出てきた時にはこんなことにはなっていなかった」と名前はジャイロに訴える。
ジャイロもそれはわかっていたようで、けれどもそれ以外に目立った変化はないために「気にしすぎてもいけない」と名前を落ち着かせて、先に扉に手をかけた。
部屋の入り口には、目立った変化はなかった。
多少虫は飛んでいるが、このくらいなら平常の範囲内だろう。
それならジョニィがいる場所はどうだと、ジャイロは薪を抱え直してキッチンスペースを覗く。
そこには、外と同じく大量の蝿が飛び回っていた。
これはただ事ではない、と名前は気を引き締め、腰に装備していた一本鞭に手を添える。
「なにしているジョニィ?なんかここ…やたら蝿が多くねーか?」
窓を締めろとジャイロが指示を出して、ジョニィはようやくその部屋の異常さに気付いたようだった。
しかし、そもそものジョニィの表情がどこかおかしかったのに名前は疑問を持つ。
この部屋で、もっと別の驚くようなことが起きていたのではないか。
そして、裏口のドアを締めに向かったジャイロが声を張り上げた。
「ジョニィッ!早く窓を閉めろォォォーッ蝿の話じゃあねえッ!気づかなかったのかッ!近くになにかいるッ!」
その言葉に、急いでジョニィと共に窓から顔を出して外を覗き込む。
暗がりだが、血と獣の匂いが混じり鼻を摘まみたく、顔を背けたくなるような光景がその下にはあった。
骨と、飛び出した内臓が壁に付着している。
冷や汗をかいたジャイロは、これをクマの死体だと判断した。
「肉が喰い取られているッ!いつからここで死んでいる!?これは人間の仕業じゃあねえッ」
「私が小屋を出た時にはなかった。…そうなると、私のいない時間に何があった?誰が来た?なあ、ジョニィ」
ジョニィは何かに怯えた様子で背後を振り向き、荒れた声で「Dioッ!!」と叫ぶ。
そこには、時代を間違えたかのように大きく鋭い目をした恐竜がいた。