ジョジョ | ナノ

小さな村に入る頃には、陽はすっかり落ちて星明かりが微かに空を照らしていた。
月は雲の中に隠れてしまっていて、しばらくは顔を出さないだろう。
それが名前には、この村の淋しさを際立たせているように見えた。
馬を常歩させ、出迎える村の住人に手を振るジャイロと、それについて行くジョニィ。
名前も村の女性たちのサイン強請りに応え、そして食料を買える店の在処を尋ねた。

「それなら、この先の外れに商
店があるわ。あと少しで閉まるだろうから、立ち寄るなら急いだ方がイイんじゃあないかしら?」

母親が繕ってくれたであろうエプロンドレスを身にまとう少女が指差す先には、年季の入った看板がある。
名前は「ありがとう」と彼女の手を取りその甲にキスをして、微笑んでみせる。
するとその少女はすっかり顔を紅くして小さな悲鳴を上げた。

「全く、キザなヤローだな」

「ファンサービスと言って欲しいね。それにただのお礼じゃあないか」

「…ぼくも、さっきのは流石にやり過ぎだと思うけどね。お礼の言葉だけで十分だろ?」

まさかジョニィまで自分の行動に難色を示すと思っていなかった名前は、その意外な反応に呆気にとられてしまう。
例えばそれが、ただの忠告ならなんとも思わないのだが、少し怒りを含んだそれは嫉妬にも似ている。
ジョニィのことは特別贔屓目に見ていたし、少し色ごともしたのだが、まさかこんな反応をするなんて、名前は予想もしていなかった。
しかし、向けられた嫉妬や独占欲を確信とするにはまだ情報は少ないので、「ジョニィ」と何度も名前を呼び注意を引こうとするも、ツンとだんまりを決められてしまう。

「…お前さん、ジョニィを怒らすなんて面倒ごと増やしてくれるなよ」

「あー…すまない、すまないと思ってる。でも想定外だったんだ」

このままでは埒が明かないと、名前は食料を調達して今夜の宿に帰ることをジャイロに、そしてジョニィにも聞こえるよう大きな声で伝え、馬と共に村の奥へと進んだ。







今日使う分と日持ちする食料や缶詰を買い込み、ジョニィとジャイロが居るであろう空き家に戻ってくる。
開けている窓から明かりが漏れていて、キッチン台に座り湯を沸かすジョニィの姿が確認できた。
馬をとめて中に入り、窓の外を眺めるジョニィに対し、「機嫌は直ったかい?」と声をかける。
振り向いた瞬間にムッとした表情に変わってしまい、名前はその意固地さに愛らしさと面倒臭さを覚えた。

「ジョニィ、君は意外と嫉妬深いんだな」

「嫉妬?まさか、そんなのするわけないだろう」

「してるじゃあないか。まあ、君がそう言うのなら、それでもいいけれど」

買ってきた食材をジョニィの横に置き、自分用のものは荷物の中にしまい込む。
それから調理に移ろうとしたが、まだ薪の火が弱いのか、先に沸かしていた湯も煙すらあげていない。

「ポトフにしようと思うんだ。温まるし、アッサリしたものの方が身体も休まるかと思ってね」

「…」

「なあ、少しでいいから会話をしょうじゃないか。だんまりをされると、いくら私がお喋りでも、辛いものがあるよ」

ナイフで煮豆が入った缶をこじ開ける。
ジョニィはまたしばらく黙ったあと、「いつも、ああいう態度を女性にとるのか」と名前に質問した。
ああいう態度、とは、手にキスを落としたことだろう。

「たまにね。必要だと思ったり、そうすべきタイミングがあれば、やるものじゃあないか?」

「君もそうじゃなかったのか?」とジョニィに問いかけると、苦い表情をする。
こう言ってしまえば、それ以上追求されることはないだろうと名前は踏んだ。
しばらく、ナイフで葉が萎びかけたキャベツを刻む音だけが響く。
次に会話を切り出したのは、名前だった。

「あのさ、話題はガラリと変わるけれど、いくつか質問していいかな。なに、レースのことだから、変なことは聞かないよ」

いつも持ち歩いている木製の皿にサラダを盛り付け、一息置く。

「私はレースの参加者でありながら、レースの取材をしている。だから、一番過酷な道を行っているであろう、そしてこのレースの台風の目になる君たちなら、私の今の疑問を解決できるだろうと踏んでいるんだ」

「例えば、名前は何を知りたいんだ?」

「例えば、ね。知りたいことは沢山あるのだけれど、そう。…例えば、何故マウンテン・ティムはサード・ステージに居ないのか」

その言葉を発してジョニィがどのような反応をするか、名前はじっと彼を見つめた。
ジョニィは、ほんの僅かに眉間にシワを寄せる。
これでジョニィが何かを知っていることは分かった。
あれだけの馬の乗り手であるマウンテン・ティムが、ちょっとやそっとの理由でリタイアする訳がない。

「彼は…レース参加者であり、保安官だ。横暴なレース参加者とのトラブルで怪我を負ったのさ。…復帰は難しいから、リタイアしたんだろう」

「それを見ていたのが…いや、巻き込まれたのか巻き込んだのか、それが、君とジャイロかな?」

「…分かってるなら聞くなよ」

「だって、君がようやくお喋りしてくれるんだもの。少しでも長く話したいじゃあないか」

「ね?」と同意を求めて、名前はようやく湯気をあげたやかんを手に取り、ジョニィが用意していたであろうコーヒーに注ぐ。
ふんわりと匂いが部屋を包み、ペーパーフィルターを伝って、サーバーに出来上がったコーヒーが落ちていく。
まだ時間はかかるだろう。

「…ジョニィ、君はもしかして、女性に弱いタイプ?」

ぐいっと顔を近付けて問えば、少し頬を赤らめ綺麗なブルーの瞳を逸らす。

「それはない」

「…なんだ、つまんない。それなら、なぜ私のことを嫌う?」

そのままジョニィが腰掛けるキッチン台に手をつき、身体も近付けてみる。
何を思い出したのか、頬の色味がさらに良くなる。
そのまま啄ばむように五回ほどバードキスをすれば、ジョニィは驚き名前の胸板を押した。

「なんなんだ…!いきなりキス、しかも男のままで、なんて…!」

「嫌だったかな?でも、私とするのだって初めてじゃあないだろうに」

おかしな奴だと視線を送る名前にジョニィは戸惑いを見せる。
確かに、名前とキスをするのはこれが初めてではないし、擬似セックスまでしたこともある。
女性経験だって少ないわけではない。
しかし、今の名前は男の成りをしていて、自分がこうも圧される現状を、どうしてか恥ずかしく、罪を犯すような罪悪感が生まれたように錯覚してしまうのだ。
その初めて体験するもどかしさに言葉が出ないジョニィを見て、名前はあからさまにがっかりして見せた。

「…これは私のわがままでしかないが、少しがっかりしたよ。ジョニィ、君は私のこの能力を理解してくれて、女の成りをした私も、男の成りをした私も、どちらも女の私として見てくれるのではと思ってた。…でも、違うみたいだね」

先ほどとは変わってあっさりと身を引き、サーバーに溜まったコーヒーを保温可能なポットに入れ替える名前。
ジョニィは、昔兄と喧嘩してしまった時のような居心地の悪さを感じたが、まだ自分の中で名前にかける言葉が見つからず、黙るしかなかった。
しかし、無意識のうちに、更に離れていく名前の服の袖を掴み、引き止める形になっていた。

「なんだい?」

「…ゴメン」

「それは、何に対してのゴメン、なのかな」

ジョニィが手を離してすぐ、名前は真意の掴めない笑みを浮かべて、ステンレス製のマグカップにコーヒーを淹れて寄越した。
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