名前はぼくの脚のマッサージが好きらしい。
触られているという感覚がないから止めることもなく、放っておいたのだが、最近はそれがエスカレートして腹筋も触られるようになってきた。
流石にそこはくすぐったしやめてくれと言ったのだが、適当な返事だけでやめてくれる気配はない。
たまたまホテルで同室になり、ジャイロが買い出しにでかけて二人っきりになった今も、名前はぼくの脚を動かして楽しんだりしている。
暇つぶしにと読んでいた、彼女からもらった顔に落書きのある新聞を閉じ、「名前」と名前を呼ぶ。
「何?」
「それ、楽しい?」
「さあ、楽しくはないかも」
楽しくないならなんでするんだ、と呆れたが、そんなぼくを無視して名前は言葉を続ける。
「どうしても触りたくなるんだよね、こう、楽しいってものでもないけど、気持ちがウズウズするこの感じ、わかる?」
「わからない」
「まあ一種の性癖だと思ってくれたらいいよ」
「ゾッとするよ」
…本当は、気持ちがわからないでもない。
ぼくだって人に言えないような性壁はある。
けれどもそれを公言する勇気はないし、名前に暴露たらなにをされるかがわからない。
自分をさらけ出せる彼女を少し羨ましいと思いつつも悶々としていたら、いつの間にか彼女の手が上着の裾に伸びていた。
そのままぼくの服をめくろうとするので、慌てて彼女の手を取りそれを止める。
キョトンとしてこっちを見てるが、ぼくがその顔をしたいくらいだ。
「あのさ、そういうの、誰にでもやって来たわけ?」
「そう見える?」
「見えるから聞いたんだけど」
そう言えば少し考え込むような素振りを見せる。
「こんなことするのはジョニィだけ。好きな人には触れたいものじゃない?ジョニィの脚は魅力的だけど、それだけじゃない。鍛えられた腹筋、美しく力強いこの腕、綺麗な声で私を呼ぶこの口、ふっくらして少し荒れた唇、青が綺麗な瞳、私とは全く違う金髪、全部好きで触れたいんだ」
そう言って一つ一つ指でなぞるように辿って行く。
「その身体を作り上げられたのは、ジョニィの性格があるから、性格が身体にでると私はかんがえているから。だから、ジョニィの身体に触れたいんだと思うな」
自己分析しているようにも、ぼくに言い聞かせているようにも聞こえる。
聞いていてあまりにも恥ずかしく、そしてその名前の指先が優しくて、この雰囲気にドキドキしてしまう。
相手はこんなセクハラ女だ、惑わされているだけだと言い聞かせて気を紛らわしても、その気持ちは消えない。
思わず名前に手を伸ばし、その頬に触れる。親指で頬を撫でれば、蕩けた顔をした。
それが色っぽく見えて、ついもっと触れてみたいと思ってしまう。
もう一方の手を伸ばすとその手を名前の手に掴まれ、「私の気持ち、わかってくれた?」とニヤリと笑う。
「わ、わからない…」
「嘘つき」
「わからない!君と一緒にしないでよ…」
そう言えば、名前は捕らえていたぼくの手をそっと自分の胸に誘導し、名前はぼくの胸板に手を当てる。
「お互いにこんなにドキドキしてるなら、一緒だよ」
返す言葉もなくて、認めるという合図として名前を抱き寄せた。
女性としては背は高いが、ぼくと比べたら華奢なその身体が可愛らしい。
「ジョニィの体温、気持ち良くて寝ちゃいそう」
「子どもみたいなこと言うね」
「ふふ、いいじゃない、別に」
腰にぎゅっと回された腕の強さに心地よさを覚える。
これが、温もりというものなんだろう。
家族や友人なんてほとんどいなかったから、久しぶりに感じるその温もりに少し胸が痛かった。