蝉が煩くなる季節になった。
夏休みに入り、茹だるような暑さを凌ぐためにディエゴとコンビニへ来た。
ひんやりとした冷房は鳥肌が立つくらいで、ディエゴに心配されたくらいだ。
確かに長居していては体調を崩しそうなので、適当にドリンクとデザートとアイスクリームを選び、会計に出す。
「あ」
「はい?」
店員に見覚えがあり、つい声を出してしまった。
しかしディエゴも店員の女性も私の突然の反応に疑問符を浮かべているようだった。
「なんでもないです、すみません」
彼女に見覚えがあっても、知り合いということではなかったので、一言謝って会計を進めてもらう。
お金を渡して、お釣りを貰って、綺麗に袋詰めされた商品はディエゴが受け取って、店員の鏡のような挨拶を背に受けて店を出る。
再度暑い暑い外へと出てきた私たちは、日陰の通路を選ぶようにまた歩き始める。
「去年も同じようなことしたよね」
ぴったりと横を歩くディエゴを見上げて話しかける。
「二人で買い物をして、さっきの店員さんにお会計してもらってさ。確か、あの時が初めてディエゴにお会計任せたんだよ」
一つ一つ、思い出すように言葉を続けて行く。
同じように暑く、けれども今年のように穏やかではなかった夏だった。
けれども、喧騒の蚊帳の外にいたような状況だった私の去年の夏は、ディエゴに出会い、彼に守られ、愛されて恋をした夏だった。
ディエゴは去年の事件のことを思い出したようで、私の手をぎゅっと握った。
「心配しなくても、もうあんな事にはならないよ」
あの殺人鬼は居なくなり、冬にも少しごたごたがあったようだが、無事に解決した、らしい。
何もかも、私の知らないところで知り合いが巻き込まれたり自ら首を突っ込んだりしていた。
けれども面倒臭い縁が近づいて来たらそれを断ち切り、何も起こらないディエゴと二人の生活を選んだのも私だ。
しかし、ディエゴは私の答えに納得していないらしく、「はあ」と大きなため息をついた。
「…オレが安心したいんだ」
立ち止まり、ぎゅう、ぎゅう、と感触を確かめるように私の手を何度も握り直すディエゴ。
「名前があの時死んでいたら、今オレがどうしていたかなんて全く想像がつかない。想像すら、したくない。それだけこの世界で、いやどの世界でも名前しかいらないんだ」
私より冷たいその手は、じんわりと私の体温で温まっていく。
このままだとアイスが溶けてしまいそうなので、「いこう?」と私がディエゴの手を引いて歩き出す。
「大丈夫、ディエゴが居るなら」
「その自信はどこから来るんだ」
「どこからって、ディエゴから」
こんなに強くて優しい彼氏がいるんですもの、と心の中だけで言って見て、にやけてしまうのを抑えられない。
私が彼より一本前を歩くので、ちょうどよくその顔は見られない。
下唇を二回噛んで表情を整えたあと、振り向いてディエゴと目を合わせる。
ディエゴは自然な流れで私を引き寄せて、触れるだけのキスをした。
映画の舞台のようなロマンチックさはないけれど、小説のラストとしては上出来な、そんなムードなのかもしれない。
「ディエゴって本当にかっこよくて、ムカついてきちゃった」
「それは嬉しいな」
「早く帰ろう」
「ああ」
去年の夏と違って、影は重なり、二人でちゃんと歩いている。