三人で適度な朝食をとっていたのだが、ジャイロはジョニィのどこかおかしな態度に気付いていた。
何がおかしいかといえば、それは断言できないが、確かに昨日とは何かが違う。
それは例えるなら、花瓶に生けられた花の色が変わっていたくらいの、ほんの些細な違和感だった。
そんなジャイロのことは御構い無しに、ジョニィと名前はあり合わせの食材で作ったスープを食べながら、今後のレースの予想をしている。
地図を広げてコースを分析したり、また名前が持っていた数日分の新聞を広げて参加者の噂で盛り上がったり、やけに楽しそうだ。
「この人はいい馬乗りだが、性格はドブのように黒かった」「このDioには気をつけた方がいいぜ。あと君、出場者の写真に落書きし過ぎだ」「いいじゃないか、このサンドマンとジャイロは傑作だと思うよ」「えっ、これジャイロォ!?」などという会話を聞き流しつつ、けれど最後の話題はやはり見逃すことは出来なかったので、新聞を取り上げた。
「お前なァ〜…人の顔になんてことしてくれてんだよ」
ジャイロ・ツェペリと書かれた横に写る人物は間違いなく自分だったが、帽子はシルクハットに改竄され、派手で古臭いメガネにくるりとカールしたヒゲが描きたされている。
ぱっと見では誰だかわからないほどで、しかも妙に絵が上手い。
名前が眉間にシワを寄せるジャイロを見てプッとふきだせば、ジョニィもつられて笑い出した。
「おいジョニィ!君まで笑ったら、ジャイロが可哀想じゃあないか!」
「ぼくは何も、…君が落書きしたのがそもそも悪いんだろう!」
タガが外れたようにケラケラと笑い合う二人を見て、ジャイロはやっと違和感の正体に気付いた。
昨夜に比べて、この二人の距離がぐっと縮まっている。
しかも、それは心の面だけではなく、身体と身体の距離もだ。
普通ならば、たかが一日を共にしたくらいで相手に気を許しすぎる人間は殆ど居ないし、居ても僅かだ。
それが胡散臭い名前なら尚更、そして少し捻くれたところがあるジョニィが相手だと、打ち解け合う確率なんて、ジャイロの経験上ほぼゼロだ。
しかし実際は肩を寄せ合うようにして新聞を読み、お互いにボディタッチを気にしない。
「…お前さんら、いつからそんなに仲良くなった?」
絶対に何かあった、というような疑いの眼差しを二人に送れば、ジョニィは顔を赤くして慌て始め、名前はそれを見てニヤリと含み笑いを見せる。
「何もないさ。ただ一晩、仲良くお喋りしたのさ」
「な、なにか変なところでもあったか…?」
どうも疑わしいが、証拠なんて何もない。
腑に落ちないが、仕方なくといつめるのを諦め、再び塩気の足りないスープを啜った。
■
名前はジャケットを羽織り直し、身支度を整える。
このままジャイロとジョニィに同行し、セカンドステージを走り抜けるのも面白そうだが、それでは他の選手の走りを見ることが出来なくなる。
元のコースに戻るための道は先程頭に入ったし、馬のコンディションも申し分ない。
護身用の剣に錆がないことを確認していると、ジョニィが「一人で行くのか」と声をかけてきた。
「勿論」
名前は頷く。
ジョニィはまだ言葉を続けようとしたが、名前はその唇を指で制し、「気遣ってくれるその気持ちだけで十分だ」立ち上がる。
「またね、ジョニィ、ジャイロ」
「また、なんてあるのか?」
ジャイロの皮肉めいた言葉に「あるさ、お互いにリタイアしなければね」と皮肉で返して、名前は小屋を出た。
風は緩いが、無駄に汗をかくほどではない。
名前は愛馬に荷物を乗せ、自分も乗り込むと馬の腹を蹴った。
それを合図に、愛馬は軽やかに走り出した。