ジョニィが外出用の車椅子に乗り換えるのを手伝い、戸締りを確認してから家を出る。
「忘れ物は?」
「ないない、大丈夫です」
「そう言って忘れ物するじゃないか」
「大丈夫!本当なんだから。だって鞄の中身昨日と変わらないもの」
「…あ、そう」
名前はジョニィの車椅子を押してエレベーターに乗り込む。
一階のボタンを押してそのまま待てば、エレベーターは緩やかに落下していく。
そして10秒もたたないうちに、一階に到着した。
天気は良く、気温は高すぎない。
名前の春用のオフィスカジュアルな服装でも、暑過ぎず寒過ぎない。
何時もの時間より早く家を出た名前とジョニィは、少し遠回りをしてジョニィの大学を目指していた。
「もう春も終わるんだね」
ジョニィが欠伸をしながら言う。
その視線の先には、冷やし中華始めました、と涼しげなポスターを掲げたラーメン屋があることに名前が気付く。
確かにそれは夏の季語のようでもある。
「冷やし中華、食べたことあったっけ」
「無いよ。でもジャイロから聞いたんだ。ジャイロは名前から聞いたって言ってた。冷やし中華始めましたは、夏が始まりますと同じ意味だって」
「そうだっけ」
あまり記憶になかったのだが、その言葉が妙にしっくりきたので、自分のものなのだろうと名前は確信する。
そして冷やし中華というワードが頭の中を占めはじめ、そのまま今晩の夕飯の内容をまだ決めていなかった事を思い出した。
「ジョニィ、今日は冷やし中華にしようか」
「名前の手作り?」
「頑張りまーす」
冷やし中華を作るのに足りない食材を思い出しながら、交差点を右に曲がる。
もう目の前には大学の敷地の入り口が見えており、レポートやレポートなど主にレポートに追われているために早めに登校してきているであろう学生たちが、ちらほら見えた。
けれども、いつもと比べれば人数もそう多くはない。
「そうだ、名前。別れるまえに一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
あと数歩で「じゃあまた夕方に」と何時もの別れを切り出そうとしたところを、ジョニィが引き留める。
キョロキョロと周囲の人間を気にするような目の動きで、仕方ないなとジョニィの小さな声が聞こえるように距離を縮める。
それでも足りないらしく、もっと自分と顔を近付けるように手招きされ、耳打ちでもしたいのかと顔同士を近付けたら、そのままジョニィは名前の唇を奪った。
可愛らしくチュッと音を立てて離れると、ジョニィは満足そうにニコニコ笑う。
「いってきますのキス。やってみたかったんだよね」
「…このスケコマシちゃん」
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだ。
キョロキョロと周りを見回して注文をそこまで集めていないことを確認してから、名前はジョニィの頬を両手で滑らせるよう、愛おしそうに撫でて、「今度からは家でお願いします」と眉尻をさげる。
「やめてとは言わないんだ?」
「だって可愛い彼氏だもん」
「かっこいいの間違いだろ?」
「かっこいいです。ジョニィかっこいい!」
そうしてジョニィが満足そうにしたので、名前はカバンを掛け直し、「いってきます」と手を振った。
「また夕方に」
「うん、待ってる」