露伴先生がまた大変な目に遭ったと、今度は広瀬くんから連絡があった。
一緒に買い物をしていた友人に謝り急いで露伴先生の家へ向かい、仕事部屋の扉を開ければ、ケロリと何事もなかったかのようにしていた彼に「そんな青い顔をしてどうした」と言われてしまうものだから、脱力してしまう。
ぺたりと廊下に座り込んだ私を、今度は露伴先生が心配し始めた。
「名前…?」
顔を覗き込んで、先日とは逆に熱を測ってみたり体調は悪くないかとの質問される。
そんな甲斐甲斐しい露伴先生は珍しくて、つい「胸が痛い」という言葉が、涙とともにポロリとこぼれ落ちた。
「だって露伴先生、心配ばかりさせるから、つらいです」
涙のせいか、最後まで声になることはなかった。
露伴先生は私の肩を両手で包み何ともいえない顔をしたあと、「僕だってな」と話を切り出した。
「僕だって、…いや、すまなかった」
「…へ?」
「心配させて済まなかったって言っているんだ」
露伴先生はあまり似合わない謝罪をした後、無理やり話を終わらせようとする。
私の勘違いでなければ、謝罪の言葉の前に何かを言いかけている。
そのまま立ち上がろうとする彼の服を掴んで「まって」と引き留めれば、私を見て居心地悪そうに頭をかいた。
「露伴先生らしくないです」
「君に何がわかる」
「数ヶ月しか一緒に居ないけど、でも露伴先生のことずっと見てたからわかります。意地悪で、すぐデコピンするし、変な服着てるし、でも変なところで優しいし、えっと、…何言ったらいいかわからなくなってきちゃった…」
「バカか君は…」
はあ、とため息をついてガシガシと私の頭を撫で回す。
呆れたような言葉や仕種なのに、どうしてかそれだけじゃないような気がして、つい期待してしまう。
思い返せば、露伴先生はこうして期待してしまうような優しさをずっとくれていたのかもしれない。
だから思わず「好き」だと思ってしまうし、言葉にしてしまいそうになる。
唇が無意識のうちにその形を作ろうとしたところ、露伴先生は私の口を大きな手で塞いだ。
「君から言うなよ。…こういう時は男に言わせるもんだぜ」
そう言って一呼吸置いてから、いつも見る真剣な顔で「好きだ」と言った。
「私も、です」
「…そうか」
露伴先生は私の腕を引いて一度だけ優しく抱きしめたあと、耳まで赤くして仕事に戻ってしまった。
■
「ということで、恋人ができました」
「…はァ、そうですか」
カフェモカの生クリームを掬っては落とし、掬っては落としを繰り返す友人は興味なさそうにテーブルに肘をついた。
友人らしいな、と私はアイスココアのグラスにささったストローを噛む。
露伴先生と恋人関係になったからと言って、付き合い方が大きく変わることはなかった。
時々思い出したようにキスをしたり、私の座る位置が露伴先生と向かい合っていたのが隣になったり、小さな変化はあるが、お互いにそれくらいでいいということになったのだ。
そのことを友人に話せばさぞびっくりしてくれるだろう、と思ってもいたのだが、何となく予想出来ていたらしい。
確かに、今回露伴先生を意識するきっかけを作ってくれたうちの一人である友人がそんな鈍感なわけなかった。
「よかったね」
「うん、よかった」
「でも、お互いに彼氏持ちになったわけでしょ?私たちのお茶会も、減っていくのかな」
「それは嫌だなあ、もし日がずれても、毎週やろうね」
「私もそう思ってた」
もうすぐ夏も終わる。
私の知らないところで色々なことが始まって、色々なことが終わったのは露伴先生から聞いてた。
若者の行方不明事件も、ピタリとやんだ。
鈴美さんとも、もう会えなくなったことも聞いた。
それでも、私と露伴先生の付き合いは始まったばかりで、私は平々凡々なまま、変わらず杜王町で生きてゆくのだ。