オーソンに寄って偶然鈴美さんと会った時、「名前ちゃんと会うのはこれで最後かもしれないわね」とさみしそうに笑った。
「どこかに引っ越すんですか?」
カバンを抱え直しながら私がそう聞けば、鈴美さんは困った顔をした。
「そうね、…とても遠いところよ。多分、こっちに戻ってはこれない位の所」
「そんなに?」
「うん。…だから名前ちゃんには今日お別れを言おうと思って。正確には、いつお別れになるかなんてわからないのだけれど、…でももうその時はすぐそこまで来ていると思う」
鈴美さんはまたさみしそうに笑う。
私は頭が良くないので、うまいことを言おうとしても言葉が出てこなかった。
「向こうでも楽しく過ごせたらいいね」だとか、「さみしいな」とかいう言葉は、なんとなく言ってはいけないような気がしたのだ。
私が思いつかない言葉を探して口をモゴモゴさせていたら、鈴美さんに「変な顔よ?」とつっこまれてしまった。
「私のことは気にしないで!それより、私は名前ちゃんのことが気になるわ」
「…私?」
「そうよ!だって、露伴ちゃんとキスしたんでしょう?」
鈴美さんから思いもよらない言葉が出てきて、ブワッと顔が熱くなるのがわかった。
それを見て、今度は楽しそうに笑っていた。
「それで、付き合ったの?」
「…なにもないです」
「うそォ!」
「会ってもいない」
「信じられない!」
そして鈴美さんの誘導尋問を一時間くらい受け、もう一度ちゃんとお別れをして別れた。
それから、私は茨の館に来ていた。
宿題の読書感想文に使う本を探すため、それと、誰もいないような場所で自分の気持ちを整理するためだ。
宿題や試験に追われた時にくるこの図書館は、平日だと殆ど人がいない。
タイトルから気に入った本を数冊手に取り、適当な椅子に腰掛けて「はあ」と大きなため息をつくと、先に来ていた男子学生にチラリと見られた。
けれども声をかけられることはない。
それから、窓から射す陽の光の暖かさにウトウトしつつ、読書を進めた。
別に今全てを読まなくても良いのだが、最初だけでもストーリーや文章の癖を理解し選びたかった。
けれども、どの本を読んでも、「露伴先生の漫画の方が面白いな」と思ってしまう。
「随分と内容にバラつきがあるが、全て君の好みか?」
「!!」
眠りに落ちてしまいそうなタイミングで急に話しかけられたことに驚き、積み上げていた本を床に落としてしまった。
恥ずかしいところを見られたと慌てて本を集める。
しかし彼は私のそういった粗相に何も感情を示さず、「本をよく読むタイプじゃあないな」と言い当てた。
「えっと、…うちの学校の人、ですよね」
「君は?」
「名字名前です。…あ、一年です」
彼も自己紹介をしてくれるのかと思ったが、学年さえ教えてくれなかった。
冷たそうな、けれど綺麗な顔立ちで、雰囲気も落ち着いている。
「恋でもしたか」
「え?」
「君に似た顔をする友人が居てね。恋でもしているような、そんな顔だ」
対して興味はなさそうな顔をしているのに、ズバリと的確な答えをついてくる。
彼にとっては、これは数学の問題を答えるのと変わりないように感じた。
「恋、かあ」
「鈍いのか?」
「知っていても、自分が初めて体験することって、…うーん、言葉では上手く言い表せないけど、鈍感になるし気付けないし、特別ですから」
「先輩もそうでしょう?」と言えば「そうだな」と同意してないような同意の返事が返って来た。
「私、帰ります。先輩」
「そうか」
別れの言葉もなく、私と彼は別れた。
鈴美さんとあの彼と話して自分の心に整理がついた。
露伴先生に次会う時には、曖昧なのは終わらせよう。