「ジョニィとジャイロじゃあないか」
昼間、灼熱の砂漠の中、木陰で休息をとっているジョニィとジャイロの元にも見知った人物が訪れた。
ジョニィは一度顔を上げたもののすぐに無視を決め込み、ジャイロは「お呼びじゃねーよ」と追い払うように手を振った。
「そんな冷たい態度は困るな。二人に協力して欲しいことがあったのに。…なに、悪いことではないよ、お互い良い利益になると思う」
「頼むよ」と名前は手を合わせる。
「…相変わらず達者な口だな」
「これが治らないんだよ。だから悪く思わないで。ああ、そう、頼み事なんだけど、君たちにサンドイッチを食べ切って欲しかったんだ」
そう言って名前は愛馬のフリージアンが背負っている荷物の中から、布に包まれたモノを二つ、ジョニィとジャイロそれぞれに手渡した。
包みを開けば香草とベーコンのサンドイッチが現れる。
「まさか、毒なんか入ってないよな」
ジョニィは尋ねる。
「まさか!この暑さだ、腐らせて食料を無駄にするよりも人に食べてもらいたくてね。丁度君たちにあったから、手伝ってもらいたいだけさ。なんなら、ちぎって一口毒味したっていい」
ジョニィとジャイロは顔を見合わせる。
そこまで言うなら毒なんか入っていないように思えるが、もしものことがある。
しかし、この厳しい砂漠地帯の中、しっかりと物が食べれるのは魅力的である。
コソコソと二人で話し合った結果、名前の話に乗ることにした。
男二人に女一人、警戒を怠らなければなんとかなると踏んだのだ。
「本当に、何も仕込んでねえよなァ〜?」
「私が言うのもなんだが、しつこいぞ」
「…ニョホ」
名前はジョニィとジャイロが食事をする間に物書きを始めた。
同じ場所で休息をとらせて欲しいと言われた時には何をされるのかと思ったが、何もされず、何も話さず、ただひたすら手帳に万年筆を走らせる。
もらったサンドイッチは香草が少し萎びているものの、問題なく美味しく食べられた。
ジャイロは食べ終えたらさっさとまた眠りに入ってしまったが、ジョニィは違う。
しかし、最初は名前に警戒を抱いていたジョニィも、だんだんと名前が何を書いているのか気になり、匍匐前進で名前の後ろに回り込む。
そこに書かれているのはこれまでのレースの詳細、そして名だたる参加者の記録だった。
そして名前は、ジョニィが背後から手帳を覗いていることに気付いていないようだった。
「…何のために?」
「ん、ジョニィか。覗き見は悪い趣味だな、感心しない」
「…」
「そんな顔するなよ。教えないなんて言ってないだろう?」
名前は嗜めるようにジョニィの眉間のシワを人差し指で伸ばす。
骨張った手に似合わない優しい力加減で、ジョニィはそれに違和感を覚える。
「君、そんな手だったか?それに、体格も少し違う」
ファーストステージで会った名前は、背は高くとも女性らしい身体つきて胸もあった。
なのに今はどうだ。
細身だが、確実に男の身体をした名前がそこに居る。
「君は…名前ではないのか?」
「そんなわけないだろう?私はちゃんと、名前だ。そっくりさんがいて同じレースに出るなんて、あり得ないだろう?でもジョニィ、君は観察力がいい」
名前はジョニィの手を取り、自分の胸板へと押し当てた。
ジョニィの驚く顔を余所に彼の唇にシッと人差し指へ押し当て、「まだ君と私との内緒ごとだからな」と約束を取り付ける。
そしてジョニィには信じられないことが起きた。
「胸が、ある…ッ」
「コラ、揉むな」
無かったはずのところに膨らみが出来た。
男が女になった。
「いいかい、私は女だ。でもこういった能力が生まれつきあってね、男になれるんだ。このレースは過酷だろう?そして野郎どもが多いから、女というだけで強姦や暴行の心配ごとも余計に増える」
「…名前」
「私はこのレースを自分で記録したい。いいかい、これは内緒だ。今話したこと全て」
名前はジョニィをまっすぐ見る。
ジョニィは首を縦に振る以外の答えを見つけられなかった。
名前の弱みを握って何かをしようとも思わない、大きな責任を負わされた訳でもない。
ただ、秘密を共有しただけだ。
名前はジョニィの答えに満足そうに笑った後、「じゃあこれはお礼だ」とジョニィの唇に自らの唇を押し当てた。
「おや。なんだ、その顔は。君みたいなハンサムが、まさか初めてじゃあないだろう?」
「…ッだけど!」
「じゃあいいだろう?男としたわけじゃあないし。あ、男でやった方が良かったかな?」
「名前…ッ!」
「おー怖い。怒られないうちに私は行くよ。コースを戻さなければ。じゃあ、またね、ジョニィ」
「悪魔の手のひらには気を付けて」と名前は馬に跨り、そのまま去って行った。