「私には見えなくて露伴先生には見える特別な能力がある」と知ってしまった事が大き過ぎて、露伴先生にもう一つ聞こうと思っていた事を言いそびれてしまった。
そのことに気付いたのはそれから五日後のことだった。
露伴先生から急に連絡が入り「今日は来なくてもいい」と言われたのが放課後。
けれども数学の教科書を昨日忘れてきてしまったので取りに行くと私が言えば、「来てもいいが一時間後以降にしろ」と言われてしまった。
大切なお客さんが来てるのかもしれないし、よくわからない能力を使う友達だけの集まりかもしれない 。
私が行くと迷惑なのかも…とどんどんマイナス思考になっていっていきとぼとぼと公園の近くまで来たところにで、乳母車を押すおじいさんと東方くんと遭遇した。
目があってしまったので会釈をすると、東方くんは「名字、今帰り?」と話しかけてくれた。
「うん。寄るところがあるから時間までフラフラしてて…えっと、東方くんのおじいさん?」
「いやいや、ワシは父親…」
「あーーっと!そう!俺のおじーちゃんね!そんで従姉妹の赤ちゃん」
「は、はあ…」
東方くんは何か誤魔化している感じだったけれど、そうするということはあまり突っ込んで欲しくないような内容だと思うから何も言わないでおく。
おじいさんに「名字名前です」と自己紹介すれば、「ワシはジョセフ・ジョースターじゃ」と私の手を取り握手してくれた。
シワシワの手から察するにかなりご高齢のようだが、腰が曲がっても高い身長とメガネの奥に見える優しい瞳から頼りがいのある人だと感じる。
「外国の方なんですね!この赤ちゃんはでも日本人ですよね…?なんて名前なんですか?」
「な、名前…!?」
「え、えーっと、名前なァ…」
二人があたふたするものだから聞いちゃマズかったかと思い「すみません!」と謝るとそれも違うと逆に謝られる。
「えーっとな、この子は…そう!静・ジョースターじゃ。すまんのぉ〜最近物忘れがきてて…」
「静ちゃん…?可愛い名前ですね!」
「こんちには〜」とベビーカーを覗き込み人差し指を差し出すと、きゅっと弱い力で握ってくれた。
キャッキャと喜んでくれたのが嬉しくて私もついニコニコ笑顔になると、ジョースターさんが「静はやっぱり女の人がいいのかのぅ…」とさみしそうだった。
「そんなことないですよぉ…泣くのは赤ちゃんの仕事って言うじゃないですか!」
静ちゃんのほっぺをプニプニつついてから、そろそろいい時間だなと東方くんとジョースターさんと別れ、徒歩でゆっくりと露伴先生の家に向かった。
「あれ?広瀬くん…?」
露伴先生の家の前で出会ったのは、隣のクラスの広瀬康一くんと、学校で見かけたことがある先輩だ。
広瀬くんとは中学校が一緒なので面識があり、向こうも私に気付いて手を振ってくれる。
「名字さん!…君も岸辺露伴のファンなのかい?」
「流石だなァー!女性ファンまでいるのか!」
「え、ええ?広瀬くん、露伴先生のファンなの…?」
「そうだよ!今サインまでもらっちゃって!」
ほら!と見せてくれたのは露伴先生のサインであろうものが書かれた色紙だ。
ご丁寧にも漫画のキャラクターまでいる。
あの意地悪な露伴先生がこんなにも簡単にサインを書くものだろうか…とも思ったが、ファンには特別対応なのかもしれない。
私もファンだったら対応が違ったのかなあとサインを見ながら考え込んでいたら、「さ、サインはあげないからな!」と隣にいた先輩に怒られてしまった。
「じゃあ名字さん、遅い時間だし気をつけてね!」
「う、うん…ばいばい」
これから帰る広瀬くんと先輩を見送って、露伴先生の家のチャイムを押した。
五分くらいして露伴先生が顔を出したのだが、いつもと違ってなんだか気分が良さそうだ。
「何かありました?」
「人の家に上がる時の第一声がそれか?」
「…おじゃましますぅー」
わざと不機嫌さを出してアピールすると、デコピンを食らった。
私専用になりつつあるピンク色の来客用スリッパを履いてリビングに向かえば、そこには露伴先生が用意してくれていた数学の教科書があった。
「あったー!すみませんほんとに…」
「別に構わないさ。君の絵心がないことも知れたし、収穫があったしな」
「…落書き、見ました?」
「『露伴先生のちんちくりん』だったか?ちんちくりんなのはどっちだこのマヌケ」
「うう…」
中身を見たことを怒りたいのだが、そんな落書きをしてしまった私も私だ。
ショボくれていたら今日はやることがあるからさっさと帰れと家を追い出されてしまう。
やっぱり露伴先生のほうがちんちくりんだ!とあっかんべーをして、ちょうど来たバスに飛び乗った。