あの漏電事件から二日後、私はあまり話したことがない東方くんに呼び出されて屋上に来ていた。
前にカメラを直してもらったし悪い人ではないということは分かっているのだが、今日は無口で取っ付き難く、その外見もあいまってなんだかこわい。
用がないのなら帰りたい、そう思い始めたところで、東方くんは「一つ聞いていいか?」と口を開いた。
「な、なんでしょうか…」
「あのよォ…お前はスタンド使いなのか?」
「…スタンド?」
スタンド、とは何だろうか。
スタンドという言葉から私が思い付くものといえば、電気スタンド、ガソリンスタンド、先日友人と借りて見た映画の「スタンド・バイ・ミー」くらいである。
私が全く話さないので、東方くんは少し考える素振りをしたあと「見えるか?」と私に聞き直した。
「見えるって…東方くんは見えてるよ?」
「変わったものとか…オバケみたいなのは…」
「えっ…え?!東方くん、取り憑かれてるの…?」
「いやそういう訳じゃ…」
「困ったな…私に言われてもオバケなんて見えないし除霊なんて…ハッ!私も狙われるかな?!」
「わ、わかった!とりあえず落ち着け!オバケなんていねーし取り憑かれもしねェから!」
慌て始める私の肩をガッと東方くんに掴まれて、「はひ…」と情けない声が出た。
なんだか見苦しいものを見せてしまったかもしれない。
「えっと…す、すみません」
「…なんで謝るの?」
「なんだか申し訳なくて…」
言われて気付いたが、いつから謝る癖がついたのだろうか。
東方くんは私に「もっと笑って明るくしてた方が可愛いぜ」って笑って屋上から出て行ってしまった。
笑って?
場所変わり露伴先生の家。
また課題を持ち込み、露伴先生は向かいのソファでスケッチをとっている。
なかなか原稿に向かっている姿を見ないなと思って質問した事があるのだが、私が帰ってから若しくは学校に行っている間に全て終わらせていると返ってきた。
お仕事の邪魔をしているのではと帰ろうとした事も何度かあったが、それは許されなかった。
「露伴先生」
「…何だよ」
サラサラと鉛筆で線を描く音と声だけが聞こえる。
露伴先生は手を止めず耳だけこちらに傾けたようだ。
「聞きたい事が二つあるんですけど…」
「課題の事なら教師に聞けよ」
「違いますよぉ!」
バカにして!と怒ったが「キミは数学苦手だろ」と手にしている教科書を指され何も言えなくなる。
このまま言いくるめられるのは嫌なので、ゴホンと咳払い一つして話の流れを戻す。
「…露伴先生には見えて、私には見えないものって、なにかあるんですか?」
「…あると思うのか?」
「だって、漏電の時に『見えないのか』って露伴先生が…!あと、今日クラスの男の子にも、オバケみたいなのが見えないかって…言われて」
「…見えたのか」
「見えませんよ!…そう言うって事はやっぱり、その、よくわからないオバケみたいなものは居るんですね!」
私がそう露伴先生に聞くと、黙りされてしまった。
無言は肯定みたいなものだ。
鉛筆をピタリと止めてしまった露伴先生は、少し難しい顔をして「名前」と久しぶりに私の名前を呼んだ。
「分かった。お前に話せる範囲で教えてやる。いいか、確かにお前には見えない超能力のようなものはある。僕はその力があって、名前にはない。おそらくその同級生にもその力はある」
「ここまではいいか?」と言われても、理解は出来るが納得が出来ない。
漫画みたいなことが現実なんだって言葉で言われただけではどうにも説得力がないのだ。
そのことを嘘偽りなく露伴先生に言えば、眉間にシワを寄せられた。
「…まあいい、続けるぞ。僕もこの能力は最近になって身につけたもので詳しくは知らないが…そうだな、使える人間と使えない人間が居るのは確かで、圧倒的に使えない人間の方が多いらしい」
「最近…なんですか?」
「ああ、突然弓矢で胸を指されてな。でも血は出なかった。恐らく、あれで死ぬか能力に目覚めるか二択なんだろう」
「…じゃあ、下手をしたら露伴先生は」
「死んでたな」
それを聞いてゾッとした。
杜王町では最近行方不明者が多いと聞いていたが、もしかしてその多くが能力に選ばれずに亡くなった人たちなのではとつい想像してしまう。
「露伴先生、い、生きてますよね…?」
「バカなことを聞くな」
ピシャリとスケッチブックで叩かれ、少しだけ重い空気がなくなった気がした。
けれどまだ露伴先生は難しい顔をしている。
「いいか、この事は誰にも言うな。今日話した同級生にも、友人にも、家族にもだ。もしかするとその事を知っているだけで事件に巻き込まれかねない」
「そう、ですか…?」
「…あのなァ、詳しくは教えてやらないが、僕の能力で今お前を簡単に殺すことだって出来るんだぞ?そして僕より何倍も恐ろしい能力を持ったヤツだっている。それを忘れるな」
分かったか、と念をおされて確かめられた。