岸辺露伴先生の作品のモデル兼パシリに任命された私は、無駄に長いリストを見ながら誰もいない放課後の教室を撮っていた。
教室ひとつ撮影するのにも角度の指定が細かくあり、思いの外面倒くさいバイトだと今頃になって気付いてしまった。
「はあ…帰りたい」
普段なら言わないはずの独り言も、誰もいないからと油断してつい零してしまう。
「じゃあ帰れば良いんじゃねーのか?」
「!!」
「あっ!」
「あっ!あああ…!」
急に後ろから聞こえてきた声に驚いて、うっかりカメラを落としてしまった。
ガシャン!と嫌な音をたてて、プラスチックの破片が飛ぶ。
慌てて拾い上げて無事かどうか見てみても、素人で機械音痴の私にすぐにわかる筈はなく、試しに適当な場所を撮ってみる。
が、シャッターにはある筈の重さがない。
「こわれた…」
最悪だ…岸辺露伴先生に嫌味を言われて殺されてしまう…と絶望していたら、私に声をかけてきた彼が「ホンットに悪い!」と謝りながら駆け寄ってきた。
彼は同じクラスの東方くんだった。
「…壊れた?」
「…どうしよう」
「ちょっと俺に見せてくれねーか?」
「え?」
東方くんにカメラを渡す。
シャッターがきれないってことは直し様がないと思うのだけど、もしかしたら東方くんは機械に強いのかも、なんて淡い期待も抱いてしまう。
だって、いくら使い捨てとはいっても、あの岸辺露伴先生から預かったカメラなんだもの。
けれども東方くんはカメラをあちこち覗くように見回すだけで、修理しようという素振りすら見せない。
それなのに、壊れているはずのカメラを構えて「名字、ピース」なんて言う。
「ピース…?って、え?」
カシャッとシャッターをきる音がする。
「壊れてなかったぜ?」
「え?嘘だあ。だって、シャッターがちゃんと動かなくて…」
「でも今動いたろ?ホラ、もう落とすなよ!」
私にカメラを渡して東方くんは帰ってしまった。
確かに動かなかったのになあ、と私が試しに使ってみても、やっぱり写真は取れているようだ。
「…東方くんは魔法使いなんだろうか」
再び独り言を零してから、私も違う風景を撮るために教室を後にした。
「…なんだ、この写真は」
「…うふっ」
「可愛子ぶったって無駄だぞ。可愛くないからな」
「うう…」
岸辺露伴先生がヒラヒラと私に見せつけてくるのは、先日のアルバイトで撮った写真のうちの一枚。
私が情けない表情でピースしている写真である。
「名前が撮ったものじゃあないな?」
「はい…」
「何で君が写る事に?」
「カメラが壊れたかもしれないって…じゃあ試し撮りしよう、的な…それでクラスの男の子に撮られまして…」
露伴先生は眉間にシワを寄せて「もう少し日本語を勉強したほうがいいぜ」と私を真面目にバカにした。
私が写っている写真はそのあと何度交渉しても返してもらえず、いつか使うかもしれないし捨てるかもしれない資料として露伴先生の職場に保管される事になってしまった。