私が住んでいる見かけだけは小綺麗なオンボロアパートには、不思議な住人が多い。
例えば私のお隣に住んでいる花京院さんは、絵本作家を目指しているかっこいい美大生だけど、サクランボを舌の上で転がして見せるというおかしな癖がある。あとはパンクロッカーみたいに髪を逆立てた友達がいる。そういえば花京院さんもちょっと変わった髪型をしている。
ただ、だからといって花京院さんが変な人というわけではない。花京院さんはとても物腰柔らかくて大人だし、私と彼はお夕飯を時々共にするくらい仲が良く良好な近所付き合いをしている。
そして今日も、私は彼の自宅兼アトリエにお夕飯仲間として招待されている。
二人並んで小さな台所に立ち、私は鮭をフライパンで焼き、花京院さんはサラダに使う野菜たちを洗っていく。
「僕はもう終わるけど、手伝うことはあるかい?」
「んーん、焼くだけだし、大丈夫」
「そう。じゃあこれが終わったら絵を描いててもいいかな」
「出来たら呼びにいきまーす」
「ふふ、ありがとう」
色とりどりの野菜を木製のボウルに盛り付け終わり、花京院さんは隣の部屋で今描いている油絵の製作に取りかかった。
私はレモン果汁をフライパンに垂らす。
油絵の具とレモン果汁の香りが混ざり合って、不思議な匂いが部屋中に広まった。
食器と色違いの箸をテーブルに並べた光景が様になっていて、思わずケータイのカメラを起動して写真におさめる。
従兄弟と二人暮らしだというジャイロに「今日の晩御飯」というタイトルで画像をメールで送りつけ、「準備終わったよー」と花京院さんを呼ぶ。
それでもなかなか戻って来ないので、アトリエと寝室変わりである隣の部屋を覗くと、大きなキャンバスに真剣に向き合う花京院さんが居た。
私が隣に並んでもまだ気がつかない様子で、「空の絵?」と声をかけてやっと私の顔を見た。
「ごめん、ボーッとしてた」
「ううん。…空に魚が泳いでるみたい」
「海の中のつもりで描いたんだけどね…まあ色が色だし」
「…ごめん」
「だから、気にしてないよ」
手にしていた筆を紙パレットの上に置き、「冷めないうちに食べようか」と花京院さんは私の手を引いた。
そうだ、彼を呼びに来たんだった。
うっかり絵に魅了されていた私は恥ずかしくなる。
テーブルを挟んで向かい合って座り、二人一緒に手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
なんだか夫婦みたいだと思いながら、花京院さんお手製のドレッシングがかかったサラダを口に運んだ。