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僕は機械のように精密に生きる努力をずっと強いられてきた

心を持つことを許されない機械のように
それが僕の当たり前だった

「○○○○○さん、お勉強はどうです?」

「いつも通りですよ。母さん」

「そう。いい子ね。あら、そろそろ習い事の時間じゃないかしら?」

「ええ、行ってきます。」

裕福な家庭だった

父も母も一流の会社に勤め昼間はおろか夜もほとんどいない

専用の運転手が毎日送り迎えをして家にはメイドや家政婦がいた。

「お帰りなさいませ。坊っちゃん」

「うん。ただいま」

家政婦は優しかった。が、それも給料に折り込み済みの対応だと思っている自分がいる

「○○○○○さん、あなたには良い学校へ入って欲しいの。私たちのようになるために。だから努力は惜しまないでね。私たちも出来る限りのことをしてあげるから」

母さんはたまに家にいると思えば勉強する僕に決まってそう言った

毎日毎日、呪文のように

『母さんの料理が食べてみたい』
『3人で遊園地に行ってみたい』

言えなかった。

『忙しいの。分かってね』と
『勉強をするほうが大事』と

言われるのを分かっていたから
僕は親に甘えることを知らずに育った。

それでも、そんな僕にも小さな楽しみがあった

「行ってらっしゃいませ。坊っちゃん」

「行ってきます。」

家政婦の見送り、運転手がまつ車へ乗り込む。精密機械のように同じことを繰り返す

「参りましょうか。坊っちゃん」

「あ、運転手さん、今日は部活動で遅くなります。迎えは6時頃に」

「ご熱心ですな。承知しました」

「……」

完璧な文武両道に遊ぶ時間は含まれていない。学校でも品のいいクラスメイトが風紀を乱さず表面だけで関わっている。

「あ、ご、ごきげんよう、○○○○○くん」

「○○○○○くんっ、部活頑張ってね」

「ええ、さようなら」

女生徒が時々話しかけてはくるけれどそれ以上は何も感じない。温度も色も味もないような世界

だから

「おーい、○○○○○!」

「あ、先輩」

剣術部で知り合った先輩の奔放さはとても新鮮で、まるでそこだけが色鮮やかに感じられた

「おつかれ、今日は遊べるのか?」

「あ、はい。運転手さんに6時頃に迎えをお願いしました」

「そうか。今日はどこに行きたい?」

「く、クレープ食べてみたいです」

「はは、ヤロウ二人でクレープか」

「だ、ダメでしたか!?」

「いや、大丈夫大丈夫。○○○○○は真面目にとらえすぎだって。わかった。行こう」

「はい!」

先輩との寄り道は部活帰りのわずかな時間から始まったことだった。もっと関わりたくて自分から時間を作るようになった

「ほい。チョコバナナクレープ。俺はストロベリーカスタード」

「わ、大きい…」

「初クレープならチョコバナナが基本だ」

「そうなんですか」

「店によっちゃ生地から選べたり、しょっぱいクレープもあるんだ。いただきまーす」

「…いただきます。…わ…甘い」

「ちょ、はは、クリームはみ出てるぞ」

「すみません」

先輩がなぜ僕に構ってくれたのかは分からない。

でも初めて目が合って話しかけられた時のことを思い出すと今でも胸が温かくなって、先輩の隣にいると穏やかに世界が広がっていくようだった

「クレープ美味しかったです。あ!」

「?…どうした」

「ちょっとやらなきゃいけない課題があって…」

「帰るのか?」

「運転手さんは6時頃だから」

「………○○○○○、図書館行こう。」

「え、でも退屈じゃ」

「俺本読むの好きだから。」

「え、意外…」

「なんだとコイツー」

「わはっ!ひゃっくすぐったい」


先輩には色んな顔がある。笑ったり怒ったり優しかったり、僕が知らない感情を沢山見せてくれる。

図書館で本を読む伏し目がちで真面目な顔も

(本当に本好きなんだ…)

先輩の全部が新鮮だった。


でも
そんな生活が長く続くことはなかった。


「○○○○○、先週の小テスト満点ではなかったらしいな」

「…すみません、父さん。」

珍しく父さんが家にいた。書斎に呼ばれて静かに注意をうけた

「…もっと、頑張ります。」

「……最近帰りが遅いらしいな。調べたが部活動は定時に終わっているそうじゃないか」

僕はギクリとして父さんを見た
いつもと同じ険しい顔に更にシワがよっていた

「“先輩”と遊ぶのがそんなに楽しいか?」

「!!」

僕はなんだかとても恥ずかしい気持ちになって口許を隠していた

「…もう関わらないように話をしておいた。今までと変わらず勉学に励みなさい」

父さんの有無を言わさぬ低く重苦しい声が僕をジワジワ追い詰める

「な、父さ」

「お前はあんな者と関わる必要はない。」

「っ!」

「話は終わりだ。部屋に戻りなさい」

僕は何も言い返せずに書斎を出てフラフラと自室に戻った。

(…先輩……)

父が何を言ったのかはわからない
けれどきっと酷いことを言ったに違いない

僕は僕を軽蔑するであろう先輩に会うのが怖かった。けれど、会わずにいるほうが辛くて、翌日いつも通り部活に出て帰りに先輩に話しかけた

「先輩…あの、父が…」

「……」

振り向いた先輩は僕をしばらく見つめて

「悪かったな。今まで遊びに付き合わせちまって。」

申し訳なさそうに笑った。
先輩は怒っていなかった

「迷惑だったのに、お前は優しいから断れなかったんだよな。」

「ち、違うんです…僕本当に…嬉しくて…」

「今まで楽しかったけど、お前はそうじゃなかったのかな…まぁ、アレだ。部活と勉強がんばれよ!」

「先輩!」


先輩はそれきり話しかけてはこなかった

「先輩……違……僕…は……」


その日から 僕のなかで何かが切れた


何をする気にもなれず部活はおろか勉学にも支障をきたし始めた

見かねた両親は僕を責め時に宥(なだ)めた
だけど僕は変わらずむしろ悪化していった

両親は失望したのか僕の部屋に来なくなった。数人の家政婦がご飯を運び着替えを置いていく。部屋に籠ってどのくらい経ったのか、頭を過るのは先輩のことばかりだった

「……先輩」

気づいてしまった。けれど、遅すぎた。

「………」

僕は着の身着のまま家を抜け出した。
行く宛なんてない。何かできるとも思えない。

でも、ここから抜け出せるならなんでもよかった

夜の街はまったく知らない場所のようで学業以外何も知らないことを痛感した

親はきっと僕を探さないだろう。先輩の家も知らない。

怖くなって路地裏でしゃがみこんでいた時

「こんな夜にどうしたんだい坊や?」

顔を上げると黒いスーツのおじさんが顔を覗きこんでいた

「………」

僕は緊張が緩んで涙が出た

「逃げたいんです…ここ…から…」

震える声でやっとそれだけ言った

スーツのおじさんはしゃかんで同じ目線になると頭を撫でてくれた

「おい、どうした」

スーツのおじさんと同じ格好の男の人が現れて、おじさんは僕の頭を撫でながら

「…イレギュラーだが抵抗しないだけ手間がなくていいかもしれないな」

そう言って立ち上がった

「?」

「ぼうや、生まれ変わる気はないか。」

おじさんは右手を差し出し左手で遠くに止まった黒い車を親指で差した

「………」

知らない人に付いていってはいけないのに
どう見ても怪しいはずなのに

僕には救いに見えた。


僕は車に乗り運転席の男の人にシートベルトと目隠しをするよう言われシートに置かれたアイマスクを着けた

「…素直すぎる奴だ。少しは疑え。」

スーツのおじさんにアイマスクをちょいっとずり下ろされ呆れ気味に言われた。

「あ…すみません」

「ふ、これから誘拐されるってのにおかしなやつだな。」

アイマスクを戻されて暗闇の中、車の動く振動だけを感じながら僕は自然と眠りに落ちていた


どれくらい眠ったか、車は走り続けているようだった

「…あの」

「起きたか。もうすぐ着くぞ。アイマスクも外していい。」

アイマスクを外して外を見ると大きな楕円のチューブのようなトンネルを走っていた。

「これからお前さんにはまったく違う人生が待っているだろう。」

「まったく違う…」

「覚悟はあるか」

「……」

僕は今までのことを思い返し

「はい」

呟くように答えた。


それからはすべてが早回しのように過ぎていった。されるがまま体を機械に換えサイボーグになった。理由も知り受け入れた。仲間もいることを知った。

スカール様に会い名前をもらった
俺は生まれ変わった。

「ティザー、スカール様が呼んでますの。新しい武器を付けるんですって」

「今行く。ティゼ」

俺はティザー。2体目のサイボーグ000(トリプルゼロ)シリーズのティザー

体を機械に換えていく度俺は“ティザー”になっていく。過去を捨て書き換えていくように、その度に俺は救われていく

「お前たち、新しい仲間だ。ティザー、色々教えてあげなさい」

「……」

俺は過去を忘れてティザーになっていく

すべて順調だった。

そう

先輩に良く似た懐かしい瞳を持つ新たな仲間が現れ

“僕”を思い出させるまでは




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