「誕生日」


『誕生日』

愛を抱く彼の存在は、人歩むとき支えとなりて、人別れるとき絶望に帰す

しかしまた支えを探す。終わりを知ってもまた始まる

人愚かなり人愚かなり

だが繰り返し人求め合う

だが繰り返し人愛し会う


愚かさを捨て生きる意味を諦めた時は

人であることを止めるときである



***



―過去―

「おめでとうハインリヒ」

そう言うと彼女は柔らかに微笑んだ

「ありがとうヒルダ」

彼女の存在だけが俺を安らかな気持ちにする

「ケーキ焼いたのよ」

そう言うと彼女はキッチンへ歩きアーモンドパイを持ってきてテーブルに置いた

テーブルにはロウソクが二本。その灯りを映す2人分の食器。いつもより少しだけ豪勢な食事が並んでいた

「おいしそうだ」

「…アナタに喜んで欲しかったから、頑張っちゃった」

いまだ無邪気さの残る彼女の微笑み。今の世の中や明日への不安も彼女の存在―2人の希望を持って、消えてゆくのだ

「次祝う時は、西側へ亡命した時だ」

「ええ、」

彼女は俺の手を持って静かに頷いた

もう

半世紀以上も前の話だ

俺は彼女の死を過去のものに出来ずにいた



***



―現在―

「004、今日誕生日なんだってな」

そう言うと彼は無邪気に笑った

「……」

俺はあまり、陽気な気分ではなかった

「006がケーキ焼くって言ってたぜ!」

「必要ないだろ」

俺はいまだ彼女に束縛され『得ること』に対して恐れるようになった。楽しい思い出も、温もりも、失うとわかっているから

「祝わねぇの?誕生日だろ?」

「もう年を取らないんだぞ。祝う必要があるか…?」

彼との温度差を感じて俺は卑屈な言い方で返した

「………」

彼は黙って下を向いた。俺は言い過ぎたと思ったがどう切り替えせばいいかすぐ思いつかなかった

「……寂しいのか?」

彼がボソッと言った

「え」

「関わって、その後また、1人になるのが、寂しいのか?怖いのか?」

彼は真剣な表情で俺を見た

「…俺はどこにも行かないぜ」

彼は俺の手を握って頬をすり寄せた

「!」

「ほら、ここに居るだろ?」

俺はその感触を忘れられそうにない

「…ああ…そうだな……」

失うと分かって、尚得たいと思うのは、その喜びを知ってしまったからだ

「ありがとう…002」

喜びを願う。それこそが人である証だと…―

「なぁ…004」

「……ん?」

「俺さ、プレゼント何も買ってないんだ…だからせめて…誕生日おめでとう…」

「!」

002は俺の頬にキスするとキュッと抱きついた

俺はぐっと顔を引き寄せて

「…もう少し欲張っていいか」

今日を言い訳に彼を独り占めした

恐いのに我慢して嫌がらないのが可愛くて

半世紀ぶりに恋がしたくなった





終わり

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