しんしんと、カオス街の凹凸のシルエットに、白い雪が降り続けていた。昨夜から一日降り続けた雪はすっかり街を覆い、ただでさえ冷え込んだ空気をさらに冷やす。チクチクと刺すような気温の中、ザクザクと雪を踏み進む男が2人いた。

「ッあー…寒ィなマジで、眠ィしよォ…」

 ミミックはキツく巻いたマフラーに顔を埋めながら言う。爬虫類の血が僅かながらに流れている彼の体は、気温が下がると共に体温も下がり、同時に眠気が襲ってくる。その事情を知っている者の一人であるデリが、クスクスと笑う。

「冬は大変だね。ずっと動いてなきゃ」
「あァ…じャねェと1週間は寝ちまうからよォ」

 ブツブツと寒さに対して小言を言うミミック。その背後から、勢いよくザクザクと近づく二つの足音が。それに気付き、ミミックが振り返ろうとした時にはすでに遅かった。

「せーんっ!」
「ぱぁーいっ!」
「ンぁ!?ぐわァッ!」

 ドサリ、と雪の中に倒れ込む。飛びかかってきたのはレフとライだった。ミミックの背中にタックルをした2人は楽しそうにニコニコと笑い、揃ってミミックの顔を覗き込む。

「先輩!ちわっす!」
「寒いっすけど、大丈夫すかー?」
「テメェらのせいで大丈夫じャねェ!地面には雪が積もって冷てェんだよ!退けッての!」
「えー…」
「先輩の上に乗るの楽しいのに…」

 ぶーぶーと文句を言いつつも、双子は素直にミミックの上からおりる。コートに付いた雪を払いながら、ミミックはまた鼻をすすった。そんなミミックとデリを交互に見て、双子は首をかしげる。

「デリと先輩で何してんすか?」
「ん?僕たちはクリスマスパーティーで飲むワインを買いに行ってたんだよ。あとはお菓子とか」
「え!ちょっと!俺たちそんなパーティーの事なんて!」
「聞いてないっすよ!!」
「言ってないもん」
「オメェらは他の予定とかねェのかよ」
「無いっすよー!むしろ断ってますよー!」
「それじゃあ君たちも来る?」
「わーい!やったー!」
「デリありがとー!俺たち先に本社で色々用意しとく!」

 満面の笑みを浮かべ、ハイタッチをしながら双子は喜んだ。ザクザクと本社に向かい駆けていく双子の後姿を見送りながら、ミミックは笑みを浮かべる。

「アイツら元気だなァ」
「せっかくパーティーするなら元気な子がいた方がいいでしょ?」
「ンー、まァそうだナ」
「さて、ワインは僕たちが担当だったけど、七面鳥はちゃんと買えたのかな」
「誰に頼ンだんだァ?」
「レイヴとシープスだよ。ちょっと呼んでみよっか」
「どうやッて?携帯の番号知ッてンのか?」
「ううん、こうすれば良いんだよ。…レイヴー!」

 口元に手を添え、少し大きな声でレイヴの名を叫ぶ。しばらく待つと、遠くから悲鳴のようなものが近づいてきた。ミミックは辺りを見回すが、ここは路地裏で誰もいない。訝しげな顔で首をかしげた、その次の瞬間、

「わぁあああああー!」

 ドシンッ、と目の前にレイヴとシープスが落ちてきた。正確に言うと、シープスを抱えたレイヴが目の前に着地した。

「レッ、レイヴ下ろしてください!」
「あ…うん」

 地面に下ろされたシープスはヘナヘナとその場へ座り込みそうになったが、なんとか踏みとどまり額に浮かぶ冷や汗を拭った。ミミックはシープスを支えてやりながら問う。

「なンだ?何があッたンだ?」
「デリさんに頼まれて七面鳥を買いに行っていたのですが、店を出た途端にレイヴが私を抱えて…気付けばビルを飛び渡っていました…」
「シープス、怖がり?」
「違いますよっ!あなたが何の説明も無しにいきなりあんな事をするから…!びっくりしたんです!」
「ごめん、なさい…」
「いえ、いいんです…。ただ、もし次回もああいう事になる時は何か説明をしてからにして下さいね?あっ、デリさん、七面鳥はこれでいいですか?」
「あ、しっかり七面鳥は抱いてたんだね」
「途中で何度落としそうになったか…一番大きいものを選びました」
「うんうん、良い感じ!ありがとう!」

 シープスが抱えている包みからして、そこそこ大きいもののようだ。ワインも七面鳥も揃った。4人はそのまま本社へ向かって歩き出す。辺りはますます暗くなるのと共に冷え込んできた。

「さァて、さッさと温けェ本社に戻ろうぜ」
「準備は万端ですしね」
「うん。まぁ一番難しい問題が一つ残ってるけどね…」










 椅子に浅く腰掛け、背もたれに体を預けると、ギシ、と音がした。まるで自分の体が軋んだかのように感じ、フロストはため息を吐く。

(まだ八時か…)

 仕事に没頭するあまりに時間があっとう間に過ぎる、のかと思いきや、なぜか今日は時計の針が進むのを遅く感じた。それは、窓の外が華やかなイルミネーションで輝き、行き交う人々が誰もみな幸せそうに見えるからだろうか。

(羨ましい?…そんな事などない)

 クリスマスという行事を祝わなくなったのはいつからだったろうか。幼い頃ですらそんな記憶が無い為、きっと自分の人生には無縁のものだったのだろうと自己解決する。椅子に深く座り直し、背筋を伸ばしてペンを手に取る。今夜は早めに仕事を終わらせようと、気を引き締めた、その時だった。

「メリークリスマーッス!!!」

 バタンッとドアを開け、デリが入ってきた。と思えば、デリだけではなく、後ろにミミックもいる。

「…何の用だ?」
「またまたぁ、そうやってしらばっくれちゃって!」
「旦那ァ、今日はもう仕事は終わりだゼ?もう準備は終わッてンだ」
「まさかお前たち…」
「はいはい!話は後で!」

 フロストの言葉を遮り、デリは椅子を引いた。立ち上がろうとしないフロストの腕をミミックが掴み、無理やり椅子から引きはがす様に立たせる。

「おい、俺はそんな事をしてる場合じゃ…」
「旦那は仕事しすぎなンだッてェ。仕事のしすぎで死ンじまうゼェ?それに、1日位サボッたッて支障ねェよ」
「あの子たちも準備して待ってるんだから、早く行こう、ね?」

 2人に背を押され、渋々向かったのは医務室だった。ドアを開ければ、いつもはシーツや白衣の白しかない医務室に、煌びやかな装飾が施されているのが目に入った。ベッドは壁際に寄せられ、部屋の中央に置かれたテーブルには七面鳥やワインが並んでいる。少し小ぶりのツリーに、レフとライが飾りつけをしていた。レイヴやシープス、他の組員の姿も見える。

「ここまでやったのか…」
「だって今夜だけだし、いいでしょ?ほら、ワイン開けよー!」

 デリの一言で、本格的にクリスマスパーティーが始まってしまった。手渡されたワイングラスと片手に、フロストは騒ぎの中心には巻き込まれまいと部屋の隅に移動し、壁に背を預けた。グラスを揺らしてワインの香りを楽しむ彼の隣に、シープスが同じように壁にもたれる。

「フロストさん、お疲れ様です。七面鳥はいらないんですか?」
「あぁ、夕食は済ませた後だ…。シープス、お前はいいのか」
「何がです?…あぁ、クリスマスですか…確かに僕は元聖職者ですが、所詮、"元"なので…気にする事もないです」
「ロザリオと刀をいつも同じ手で握りしめている者の"気にしない"は、果たして信用できるのか?」
「……さすが、よく見ていらっしゃいますね…確かに、こういった行事になると昔を思い出したりしますが、苦痛では無いですよ。フロストさんは、クリスマスの思い出はありますか?」
「…いや、無いな。幼少の頃も、祝った記憶が無い。きっと、必要なかったのだろう」
「必要が無いとしても、それが、クリスマスを祝ってはいけない理由にはならないでしょう?」
「………」
「ワイン、もう一杯もらってきますね」

 そう言って会釈をし、シープスは壁から離れ騒ぎの中心へと戻っていった。フロストはわいわいと騒ぐ組員たちを見つめながら、ワインを口に含む。しなやかな口当たりと、品の良いバランスの整った味がした。

「ふん、良いワインだ」

 こんなワインを飲めるのなら、たまにはこうやって祝うのも良いのかもしれない、と、フロストは壁から背を離した。





『ひみつの聖夜』Fin.
(ゆたんぽさんへ捧げます)





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