刀が弾けとんだ瞬間から、レスには全てがスローの様に見えた。背後でコンクリートに打ち付けられた刀が悲鳴をあげ、目の前のレイヴがレスの肩を掴み、空いたもう一方の腕を振り上げる。勿論、その手首には鋭い刃が冷酷に輝いていた。

(ここで俺は殺されるのか?レイヴを連れ帰る事も出来ずに?)

 自分の死を半ば覚悟した時、レスはレイヴの一瞬の異変を見逃さなかった。


───ドスッ

 低い音をたて、刃はレスの胸に突き刺さった。二人はそのまま床に崩れ落ちるが、上に覆い被さっているのはレスの方だ。

「……痛ぇな、畜生…っ」

 ツ、と口元に血を伝わせながらもレスは悪態を吐き口角を上げてみせる。レスは自ら、レイヴの刃が突き刺さる様に倒れ込んでいた。未だに暗い瞳のままのレイヴの胸ぐらを、震える手で掴む。

─────ポタッ

「………?」

 レイヴの頬に、何かが落ちた。触れれば、それは少し暖かい。レスを見上げると、少しばかり自嘲じみた表情を浮かべるレスの金の瞳からは、大粒の涙が次々と溢れ出していた。

「おかしいだろ…?俺は何も悲しくないのに、勝手に…溢れてくる。これがどういう事か、お前なら分かるよな?」

 震える手でレイヴの空いた手を掴み、自らの胸に添えさせる。

「"こいつ"が、待ってんだよ……ずっと泣いてやがる…煩くて、仕方ねぇんだ……」

 悔しいが、"こいつ"にも俺にも、お前がいねぇと駄目みたいだ。

「帰って来いよ、レイヴ」

 レスの言葉に、確かにレイヴの瞳が揺らいだ。どこかぼんやりと遠い所を見ていた視線は、はっきりとレスの目をとらえる。

「……レ、ス…?」



 その時だった。カシャンッ、と手元に何かが転がった。見ると、それは移動中トラックの中でデリが取り出した注射器だ。レスは咄嗟にそれを掴み、レイヴのうなじに突き刺した。どうなるかは分からないが、中の液体を注入する。程なくして、レイヴの体からガクリと力が抜け、レイヴは眠る様に目を閉じた。同時にレスの胸に突き刺さったままだった刃がずるりと抜ける。

「……ごふっ…!」

 咳こめば、ぼたぼたと口から血が落ちる。安堵したせいもあってか、やがてレスの意識は霞み始め、最後に分かったのは、複数の人間がこの部屋に入って来て、自分の体が持ち上げられた事だけだった。


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