(さて、と…バレねェ様にしねェと)

 指で眼鏡を上げ、ミミックは緩んでいたネクタイを締め直す。双子の逮捕に躍起になっているのか、署内にはほとんど人がいない。どうやら上手く引き付けている様だ。ミミックは入り口の警護に当たっている警官に声をかけた。

「あの、パソコンにウイルスが入ッたとかで呼ばれたンスけど…」

 怪しまれない様、背筋を伸ばし堂々と、しかしこの署には初めて来たという演技を忘れずに、ミミックは眼鏡を上げる。警官はミミックの全身を目で確認した後、訝しげに眉をひそめた。

「お前が今回の担当か?初めて見る顔だな」
「あァ、俺ァまだ新人なンで、ちャンとした仕事はコレが初めてなンスよ」
「そうか、よし、パソコンはこっちだ」

 警官は先を歩き、ミミックはその後について行く。入った事の無い署内、一歩間違えば身柄を確保される事は間違いない。そんなスリルに心臓を高鳴らせながらも、ミミックはいかにも素人で警察の事は何も知らないという風な演技を忘れなかった。落ち着きが無く見える様、キョロキョロと辺りを見回す。

「なンか、人少なくないッスか?」
「さっきの爆発音が聞こえなかったのか?実はあれ、レフとライの仕業なんだ」
「エ?カオス街きッての問題児ッて噂の?」
「そうだ。時々あぁやって警察署を襲撃するんだが、なかなかすばしっこくて、上の人間もヤキモキしてる。皆さっさと捕まえないと自分の首が飛ぶって心配して、襲撃がある度に総出であいつらを追いかけ回してるのさ」

 苦笑を浮かべながら、警官はミミックをある一室に通す。「"Evil"対策本部」と書かれたプレートの貼られたドアを開ければ、そこには沢山のパソコンと、本棚にきっちりと並べられた書類が無数にあった。予想以上に"Evil"の情報が掴まれていた事に、ミミックは生唾を飲み込む。

「まさか、こンなに…」
「ん?どうした?」
「あッいや…コレ全部、"Evil"に関しての書類なンで?」
「まぁこれの3分の1は確実な情報だそうだ。あとは関連してそうな殺人事件の書類で、"Evil"の仕業かどうかは確認が取れてないらしい……そんな事を気にしてどうするんだ?」
「べ、別に、コレといッた理由は無いッスよ」
「そういえばお前、変わった喋り方だな」
「あァ、田舎の生まれなンで、訛りがとれねェンスよ」
「へぇ?じゃあその変わった目も地方特有なのか?緑にしちゃあ明るすぎるが…」

 顔を近付け、警察官はまじまじと瞳を観察しようとする。顔を背けながら、ミミックは話題を反らそうとパソコンを指差した。

「そッ、そンな事より俺はコレの修理を……」
「あぁ、そうだったな。このコンピューターなんだが、昨日の夜にウイルスが入ったらしくてすぐにフリーズするんだ」
「へェ…コレは何の情報を保存してるンで?」

 パソコンの前に座り、ミミックはマウスを動かしながら聞く。警官は少し間を開けたが、すぐに口を開いた。

「これは"Evil"に関する最重要機密事項が保存されてる。だから一刻も早く直して欲しいんだ」
「成る程ねェ…あァ、良かッたら退室してもらいてェンスけど…」
「なに?」
「うちンとこは独自のウイルスバスターを使ッてるンで、ウイルス削除の過程は企業秘密なンスよ」
「………そうか分かった。俺は玄関の警護に戻るから、早く終わらせて戻って来てくれ。くれぐれも書類には触らないでくれよ」
「了解しやしたァー」

 カチカチとマウスを動かしながら、ミミックは画面に目を向ける。バタンとドアが閉まった途端、持っていた鞄からノートパソコンを取り出した。警察のパソコンとコードで繋ぎ、素早くキーボードを叩く。

(あらかじめ送ッといたウイルスがセキュリティを壊してたとしても余裕があッて15分位か…こンだけの量をコピーできッかね)

 眼鏡を外し、ミミックは尚もキーボードを叩く。すると警察側のパソコン画面に「EXCHANGE OK?」と表示され、ミミックは「OK」をクリックした。するとバーが表れ、その上にはデータの入れ替え完了を示すパーセンテージが少しずつ数を増やしていく。

(で、この間に俺は…ッと)

 書類が並べられた棚を眺め、鞄の中から似たような書類の束を取り出す。処理班が急ピッチで作り上げた"Evil"に関しての偽書類だ。手袋をはめ、ミミックはその書類と棚の書類とを入れ替えていく。警察の書類は鞄に入れ、こっそりと持ち帰るのだ。ここにある全ての書類と入れ替える訳にもいかず、「TOP SECRET」と書かれた書類のみを鞄に入れていく。物音を立てない様、焦らず迅速にミミックは作業を続けた。





 一方、レフとライは過激な逃走劇を繰り広げていた。

「構わん!発砲を許可する!」

 その合図で、2人へ向け無数の銃弾が放たれる。デスクの足元に身を潜めた2人は笑いながらハイタッチをした。

「もう最高!」
「こんなに楽しいのは久しぶりだ!」

 ケラケラと笑いながら、レフは腰に下げていた手榴弾のピンを抜く。それを机の後ろに投げれば、警官達の慌てふためく声、そして爆発音。

「うっひゃー、今ので誰か死んだかな?」
「2人位じゃね?とりあえず今の内に逃げるぞ」
「ラジャー」

 立ち上がり、威嚇の為ライフルを乱射しながら、2人は少しずつ窓へ後ずさる。窓を割り、その枠に足をかけると、レフは中指を立て、ライは親指を下へ向けてみせた。

「んじゃーねお巡りさん方」
「遊んでくれて有り難う!」

 言うや否や、2人は3階の窓から外へ身を投げ出す。警官達が窓際へ駆け寄った時、どうやって着地したのか、2人は二度目のハイタッチをしながら走り去っていた。





「あの、すみません。パソコンにウイルスが入ったと連絡されて駆けつけたんですが」

 警察署入口で、スーツの男が警官に声をかけた。警官は首を傾げる。

「修理なら、すでに担当者が来たぞ?」
「え?どういう事です?」
「10分前か、背が高くて訛りの強い男が来て……」

 そこまで説明をして、警官はハッと息を飲んだ。顔は青ざめスーツの男の顔を見つめる。

「訛りが強くて背の高い……それに、あの目…」
「一体どういう事なんです?」
「君はここで待っていてくれ!」

 突然警官は慌てて言い、銃を抜き走り去ってしまう。スーツの男は訳が分からず首を傾げた。

「何があったんだ…?」





 一方ミミックは何も知らないまま、偽書類と重要書類との交換を終えた所だった。

「うッし、あとはパソコンだナ…」

 パソコンを見ると、データの交換は87%終わっていた。少しずつ増える数字に、ミミックは安堵のため息を吐く。その時だった。

「おい、ここを開けろ!開けるんだ!」

 突然の叫び声に続き、ダンダンダンッ、とドアが激しく叩かれる。ミミックは肩を揺らし驚いた。

「クソッ……!」

 慌てて書類をまとめ鞄を抱える。パソコン画面の数字は94、95と増えていくが、果たして間に合うかどうかは定かでは無い。窓を探すが、生憎この部屋の窓は書類が並べられた棚に隠れていた。脱出が出来る可能性は少ない。ならばどこかに隠れる場所は無いかと部屋を見回した時、ある一点で目線が止まった。迷っている暇は無い、この間にもドアは激しく叩かれ今にも破られそうだ。

(一か八か、やるしかねェ…!)



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