結局全員、世の中の基準からズレているのに変わりはない。



『どっちもどっち』





 数えきれない程の車のライトが、ビルが高くそびえる区画の広い通りを往来する。時折響くクラクションや罵倒にも関わらず、流れはスムーズだ。その通りを走る車の1つ、助手席に座る男が溜め息を吐いた。

「3人で食事だと?バカバカしい。俺は嫌だ」
「ワガママ言わなーい。たまには良いでしょ?」

 ラジオから流れるジャズに合わせ、機嫌良くハンドルを指で叩きながらデリは言った。それとは正反対に、腕を組んで不機嫌なのを隠そうとはせず、助手席に座るフロストは再び溜め息を吐く。それを聞いて、今度は後部座席に座っていた人物が口を開いた。

「ココまで来ちまッたら今更だろォ?旦那」

 前のシートの間に身を乗り出し、ミミックは掛けていたサングラス越しに目を細めた。フロストはミミックを一瞥し、今度は足を組む。

「きちんと座ってろ。デリが無免許なのは知ってるだろう」
「ゲッ!マジかよオッサン」
「あれ?知らなかった?免許取りに行くの面倒でさぁ」
「絶対事故ンなよ、俺ァまだ死にたくねェ」
「大丈夫だよ、独学で勉強はしたし…それにミミックだって無免許なのにバイク運転するじゃない」
「バイクなンてチャリンコみたいなモンだろ」
「どこがだ。兎に角ちゃんと座れ、じきに安全運転をしている場合ではなくなる」
「ンァ?どォいう事だよ?」

 ミミックの質問に、フロストは無言でバックミラーを指差した。見ると、後ろには黒の高級車が走っている。

「アノ車がなンだ?」
「先程からずっと尾けられている。デリが何度か遠回りしているが離れる様子がない」
「あれ?僕、道間違えてた?」
「お前、ワザとでは無かったのか?……まぁいい、兎に角、向こうが何かしらの用があるのは確実だ」

 その時、パンパン!と音がして、次の瞬間には車体を銃弾がかする音がした。ミミックは後ろを振り返り中指を立てる。

「危ねェな!旦那に当たるだろォが!」
「それが目的なんじゃないの?」
「俺だけではないだろう。お前らも幹部だ」
「ッたく、静かに食事にも行けねェのか俺らはよ」
「この街であの仕事をしている限りはな。……ミミック」

 名を呼び、フロストはホルダーにさしていたマグナムを手渡した。銃を受け取ったミミックは眉を寄せる。

「俺、銃は苦手なンだよなァ」
「別に当てなくても良い。威嚇だ」
「…りョーかい」

 渋々頷き、ミミックはサンルーフを開け身を出す。途端に、車のスピードが上がった。前に走っている車を、車線を変更しながらどんどん追い抜く。

「オイ、オッサン!」
「こうでもしないとミミックが撃たれるよ!」
「まァそォだけど…ッ」

 揺れる車体に悪戦苦闘しながら、ミミックは半ば適当に引き金を引く。 重い銃声が何発か響き、放たれた銃弾は相手の車のフロントガラスに当たった。が、防弾ガラスにしているらしく貫通はしない。相手は窓から腕を出し構わず発砲してくる。一旦車内に戻り、ミミックは苛立ちながらフロストに銃を返した。

「ガラスに撃ッてもヒビすら入らねェぜ」
「………面倒だな」
「こっちもあんまり派手に動きたくないしね……仕方ないなぁ」
「ンァ?何か索でもあンのかよ?」
「ふふ、頼まなくてもついて来てくれる仕事熱心な無敵のガードマンが1人、ね」
「………?」

 デリの不敵な笑みと言葉に、ミミックは首を傾げる。デリは特に何をする事もなく、ただ小さく呟いた。

「出番だよ」

 その次の瞬間、ガシャァンッ!と色々な物が割れる音が響いた。ミミックは驚き振り返ると、更に驚いて目を丸くする。

「嘘だろ…!?」

 先ほどまでぴったりと後ろをついて来ていた黒の高級車は、今やもうスクラップと化していた。ボンネットを中心に車体の後部が持ち上がり、再び派手な金属音を鳴らして道路に叩き付けられる。そのまま火花を散らしながら暫く進み、止まった。デリは車のスピードを落とし、バックミラーでその惨劇を確認し苦笑する。

「うーん、ちょっと目立っちゃったかなぁ」
「ちょッとだァ?思いッきりの間違いダロ。何したンだよ?」
「言ったでしょ?無敵のガードマンだって」
「だァらその、」

 ミミックが再び追及しようとした時、ダンッ、と音が鳴り車が少し揺れた。そして、サンルーフから顔を覗かせたのは…

「レイヴ!?」

 いつもの様に無表情のまま、レイヴはサンルーフから車に乗り込む。少し服が破けたり顔が汚れたりしているが、本人は無傷だ。

「あれ、テメェの仕業かァ?」
「……うん…狙われてる、みたいだっ、たから」
「何やッたンだ?」
「ビルの、上から…飛び降りた、だけ」

 レイヴは当たり前の様に答えるが、ミミックとしては全く話が読めない。それを察し、デリが説明する。

「レイヴったら、いつも僕が出掛けるとこっそりついて来ちゃうんだ。レイヴ曰く、僕が幹部だから狙われて危ないんだって。今回はビルの屋上から屋上へ飛び移ってついて来てたみたいだね」
「で、上から飛び降りて車のボンネットを踏み潰したッてか?その拍子にケツが持ち上がッてああなッたッて?」
「………うん」
「テメェどンだけ頑丈なン、」

 突然、バババババ!とマシンガンの音ががミミックの言葉を遮った。銃弾は車には当たらず、全て道路や他の車に穴を開ける。

「あァ!?今度はどいつだァ!?」
「……上だ」

 見上げると、ヘリのライトがこちらを照らしていた。目を細めヘリをよく見ると、二機のマシンガンがこちらに照準を合わせている。

「アーアー、今回は本気で潰しに来てンな」
「…俺に」

 サンルーフから上半身を出し、レイヴはヘリに向け拳を突き出す。すると、腕の上半分の皮膚がまるで蓋のように開いた。ウィーと小さな機械音がして、小型の銃身が姿を現す。ミミックが制止しようとしたのも虚しく、とびきり重い銃声が響き、次の瞬間にはヘリは煙と炎を上げた。

「………墜落しちまッた」

 ドォンッ、と爆発音を背後に聞きながら、ミミックは呆然と呟く。何か悪い事をしたかと、レイヴは不思議そうにミミックの顔を覗き込んだ。

「ありがと、レイヴ」
「…うん」
「なに呑気に礼なンて言ッてンだオッサン!街が大惨事だッての!」
「うーん、まぁそうだけど、助かったから良いじゃない」
「…………ん…なんだ、騒がしいな…」
「あ、ロスティ。せっかく寝てたのにごめんね」
「いや……良い。ついて来ていた奴らはどうした?」
「レイヴが追い払ってくれたよ」
「レイヴ?何故ここにいる」

 フロストは寝ぼけ眼を擦りながら後部座席を振り返る。勿論ヘリが墜落した時には爆発音が轟き、マシンガンの音もなかなかのものだった。そんな騒ぎの中、最も命を狙われている本人は眠っていたらしい。

「ダメだ…流石の俺でもついてけねェよ」
「……?」

 頭を抱えるミミックを、レイヴは不思議そうに見つめる。やがて車は目的地であった高級レストランの前で止まった。建物を見上げ、ミミックはふと首を傾げる。

「んァ?3人で予約してたンだろ?」
「あ、そういえばそうだったね」
「俺は、勝手について、来た、からいい…」
「え、帰っちゃうの?やだよー」
「支配人に言えばどうとでもなるだろう」
「ンー、まァそうだナ。また変なヤツラに狙われる前にさッさと…」

 ミミックの言葉は語尾になるにつれ小さくなっていく。振り返った視線の先は、ブロンドの女性が1人で歩いていた。女性からは目を逸らさず、フロストに耳打つ。それを聞いたフロストは仕方がない、とため息をついた。

「……騒ぎにはするな」
「サンキュー旦那!」

 ンじャアな、とミミックはそそくさとその女性の後を追う。その後ろ姿はどこか嬉しそうだ。

「ミミックは何て?」
「“久しぶりの上玉”、だそうだ」
「あらら、可哀想に」
「あいつなら相手が男だろうが女だろうが、煙草と薬をしていなければ誰でも"上玉"だからな」

 あいつの偏食にはついていけない、とフロストはため息を吐いた。


『どっちもどっち』 Fin.





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