魚人にサタンの息子、それに影を操る力、突然襲ってきた悪魔…あまりにも現実離れした現実に、ミシェルは頭がクラクラし始めた。だが、まだ分からない事は山ほどある。ミシェルが質問するより先に、シェイドがメアに聞いた。

「こっちへ来られる悪魔はお前だけか?」
「うん、俺だけだよ。俺だけが特別に出入り出来るんだ」

 特別に、という所を強調して言うと、メアはあぐらをかいて胸をはる。

「あれは、悪魔なんですか?」
「まだ分からん。メアに確かめてもらう」
「え、何?悪魔に会ったの?」
「あぁ、見た目は悪魔によく似ている。少し小さかったがな」
「うっそだぁー。俺だけだし、こっち来れんの。証拠持って帰って来てくれた?」

 少し拗ねた様子で、メアは眉を寄せる。シェイドは辺りを見回すとため息を吐いた。

「相手が残した物はクロウが回収した。だが…また何処かに行ったようだ」
「俺が呼べばすぐに出てくるから大丈夫」

 そう言うと、メアは少し声を張り上げる。

「クロー!出てこいよー!」

 すると、天井のランプが点滅し始めた。何個かは消えてしまい、室内が少し暗くなる。名を呼ばれた相手は、思わぬ所から現れた。

「あっ」

 本棚の一部が黒くなったかと思えば、そこから人の頭が出てきた。ズズ、と続けて胴や足も出てきて、全て現れた体は、スルリと床に降り立つ。黒いローブを纏ったその人物は、フードを深く被っていて顔が見えない。

「クロ!」

 メアは嬉々としてその人物にハグをした。謎の人物はフードを取ると、目を細めミシェルを一瞥する。その顔には、無数の縫い目があった。未だに糸の通されたそれは痛々しいが、本人は気にしていないらしい。

「彼はクロウだ。口は利けないが言葉は理解できる。」
「俺はクロって呼んでんだ。クロは黒魔術で造られたんだぜ、な?」

 メアがそう言うと、クロウはこくりと頷く。ミシェルの事をジッと見つめ、その視線をヴィクスに移す。

「ん?あぁ、こいつぁマスターの客だ。名前はー…」

 そういやぁ聞いてなかったな、とヴィクスは苦笑する。ミシェルは慌てて全員の顔を見渡した。

「ごっごめんなさい、名乗りもせずに……僕はミシェル=エリオットです。特に不思議な力とかは持っていない…です」
「いや、そうとも限らん」
「え?」
「シェイドさんの言う通りだ、そんなに大きい翼生やして何言ってんだよ」

 再びミシェルの背後を指差してメアは言う。思わず振り返っても、勿論翼など生えていない。

「多分この世の生き物の目じゃ見えねぇよ、見えんのはメアとクロウぐれぇだ」

 だから俺には見えねぇ、とヴィクスは肩を竦める。おもむろに、クロウがローブの下から小さな麻袋を取り出した。それをメアに手渡す。

「なにこれ」
「ミシェルを襲った悪魔をクロウが斬った後に残った残骸だ。何か手掛かりになるか?」
「んー、灰が残るんなら悪魔じゃないよ。俺達はそんなに下等じゃない」

 手の平に灰を広げ、臭いを嗅ぎながらメアは否定するが、けど、と更にそれを否定する。

「親父が新しく悪魔を作ったんなら話は別だよ」
「なら確認しに行きゃあ良いじゃねぇか」
「えー、面倒臭いしー」
「テメェしか地獄に行けねぇだろが」
「あんたを地獄に堕とすって事も出来るんだけど?」
「ハッ、やれんならやってみろってんだ。その前にテメェの眉間に弓ブチ込んでやらぁ」

 中指を立て、ヴィクスは笑う。逆上したメアが騒ごうとしたその腕を、クロウが黙って掴む。

「なんだよ!離せクロ!」
「…………」

 何も言わず、クロウはシェイドを指差した。シェイドの周りには微かに風が吹き、背後の本棚には大きさや形が様々な無数の腕が這い上がっている。

「静かにしろ…2人とも取り込まれたいか」
「す、すまねぇ…」
「俺も!ごめんなさい!」

 "取り込む"という言葉に叱られていないミシェルでさえも悪寒と恐怖を感じ、やはり彼は非現実的な存在だと実感する。影がスルスルとどこかへ消えると、シェイドは立ち上がりながら言った。

「ミシェル、今日はもう遅い、帰った方が良いだろう。家まで送る」
「え?あ、はいっ」


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