いつ消えるか分からない命だから、
どうかカミサマ、
俺達からこの夏を奪わないでくれ!





『灼熱の太陽と遠くなる喧騒』





 季節は夏。空は高く広がりいつにも増して青く澄みわたっている。それと比例するように暑さも増し、それはこのカオス街も例外では無かった。




「あッチィー!!」

 銃器の入った木箱を少々乱暴に置きながら、ミミックは額に浮かぶ汗を拭う。いつも着ているコートを脱ぎ、黒いタンクトップ姿で長い髪を一つに結っていた。

「せんぱーい、ちょっと休憩しましょうよー」
「このままじゃ暑くて死んじゃいますってぇー」

 後から武器庫に入ってきたレフとライが、よいしょと大きな木箱を置く。揃いの黒いTシャツには同じように汗が広がっていた。床に伸びた2人をみて、ミミックはため息を吐く。

「ビル全体のクーラーが壊れてンだから仕方ねェだろ。今は他の奴らが修理してンだよ。オラ、まだまだ運ぶゾ」

 靴の先でライの脇腹を押しながら言うが、双子は頬を膨らましブーブーと不平を言う。確かにこの茹だるような暑さでは働く気もおきないだろう。実際、ミミック自身も出来ることなら今すぐにでも床に伸びたかった。ぱたっ、と床に落ちた汗をぼんやりと眺めていると、ふと、ある考えが浮かぶ。それはなかなか悪くない考えで、ミミックはすぐにでも実行に移した。武器庫の奥に行き、ごそごそと段ボールの中を漁る。ミミックの行動に、双子は互いの顔を見つめ首を傾げた。

「確かこの辺に…あァ、あッたあッた」

 腰を屈めていた長身が再び背筋を伸ばす。その肩には纏められたホースがかけられていた。そのとぐろの大きさからしてかなり長いらしい。未だにミミックが何をしようとしているのか分からず、体を起こし双子は口を開く。

「先輩、ホースなんて」
「何に使うんすか?」

 絶妙なタイミングで2人が口にした一文に、ミミックはホースを担ぎドアへ向かう。ドアを開けると振り返り、笑みを浮かべながらウインクを一つ。それを見て、双子の顔は疑問や戸惑いから一変、期待に満ちた笑顔に変わる。ミミックのあの笑みは、組員の為を思って何か良いアイデアを浮かべた、兄貴分の笑みなのだ。










「……流石に、暑いな」
「クーラーが無いと夏なんて乗り切れないね…」

 ぱたぱたと書類を使ってフロストを扇ぎながら、デリはがっくりと項垂れる。風を受けているフロストも流石に軍服など着ていられず、Yシャツのみでネクタイを緩めていた。

「処理班がクーラーを修理しているはずだ。きっとすぐに涼しくなる………もういいぞデリ、すまないな」

 デリから書類を受け取り、フロストはクシャクシャになったその書類を乱雑にデスクの端に纏める。この暑さの中では、さすがのフロストでも仕事を進める気にはなれなかった。

「あれ?」

 ふいに、窓際に近付いたデリが声をあげる。しばらく窓の外を眺めクスクスと笑うと、日光を遮ろうと降りた白いシャッターの間から、下を指差した。

「ねぇ、あれ涼しそうだよ?」
「"あれ"?」

 眉を寄せ、フロストは立ち上がり窓際に近寄る。階下を見下げて"あれ"が何かを確認すると、盛大なため息を吐きながら頭を抱えた。

「デリ、あれは蜃気楼か何かか?それとも俺の頭が暑さでイカレたのか?」
「どちらでもないね。もしそうだとしたら僕もイカレちゃったのかな?」

 デリがクスクスと笑いながら引き続き階下を覗いていると、フロストはくるりと窓に背を向けた。ネクタイを締め直しデスクの上に置かれていた銃を腰のホルダーに戻す。上着は着ないが軍帽を被り、迷わずドアを開け出て行った。デリはその背を慌てて追う。

「お説教でもするの?」
「実際にあの馬鹿共を前にして、そんな気力があればな」









「ぎゃあー!冷てぇーっ!!」
「ぶぉッ!?テンメェやりやがッたな!」

 ゲラゲラと笑いながら、双子とミミックは炎天下の元、"Evil"本部ビルの前でじゃれあっていた。ミミックの手にはホースが握られ、先端からは勢いよく水が噴射している。ミミックがライの首根っこを掴み頭からその水を浴びせると、その背中にレフが飛びかかった。

「捕まえたっ!ライ、今のうちだぜ!」
「オイッ、二対一はねェだろッ!?」
「作戦勝ちっすよ先輩!」

 ホースの先を曲げてミミックの顔に水を浴びさせ、双子は無邪気に笑う。"Evil"本部ビルの前に戯れるにはスペースがあるものの、道行く人々は驚きの目でそれを見て通りすぎて行く。

「残念ながら蜃気楼でも頭のネジが飛んだ訳でもなかったね」

 丁度ビルから出てきたデリとフロストはホースを目線で辿る。あまりにも長いホースはビル一回にあるトイレの水道から伸びているらしい。

「よくあんなアイデアが浮かんだなぁ。トイレの水道水が汚い訳じゃないしね」
「しかしミミックはもう22だぞ?未成年の双子と同じ様にふざけてどうする。それに一応あいつらはお尋ね者だ」

 やれやれと首を振り、フロストは二度目のため息を吐く。自分達の置かれた犯罪者という立場を理解していないのか、それともそれに対し強気なのか、どちらでも良いがビルの前でこうも騒がれては困る。

「なんの騒ぎかと思えば、彼らでしたか」
「…元気、だ」

 気付けば、デリの横にレイヴとシープスが並んでいた。シープスは相変わらず涼しげな笑みを浮かべているが、首筋を汗が伝っている。レイヴは勿論汗などかいておらずいつも通りだ。

「あ、レイヴ。お昼寝は終わり?」
「うん…3人の声で、目が、覚めた」
「聴覚が良いのも困ったものですね…。デリさん、フロストさん、ご機嫌は如何ですか?」
「僕は上々だよ。ロスティはこの騒ぎが気に入らないみたいだけど」
「でも、あれ、楽しそう」
「レイヴも交ぜてもらったら?」
「おい、これ以上騒ぎを大きく、」
「あっ!レイヴとシープスさんもおいでよー!」

 フロストの言葉も虚しく、こちらに気付いたレフが叫びながら手招いた。レイヴは迷う様な素振りを見せるが、デリに背中を軽く押され一歩前に出る。

「デリ……?」
「行っておいでよ。手加減はしてあげてね?」

 デリの言葉に頷き、レイヴはミミック達の元へ駆け寄って行く。その後ろ姿を眺めながら、シープスは頬を緩ませた。

「皆さんお元気でなによりですね。このまま暑さも吹き飛ばしてくれると有難いんです…うわっ!」

 突然、シープスの顔面を水が襲った。慌てて顔を拭いながら顔を上げると、四人がこちらを見て手を振っている。びしょびしょになったハンカチを絞り、シープスはため息を吐く。

「まったく貴方たちは……。こうなったら私も手加減はしませんよ!」

 珍しく歯を見せて笑いながら、シープスは先程のレイヴと同じ様に駆け寄って行く。始めよりも大きくなった笑い声に、フロストはあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。あの5人となっては収集がつかなくなる。やめるよう注意しようと息を吸い込んだフロストだったが、デリがその肩に手を置き制止した。

「遊ばせてあげなよ、今しか出来ない事なんだし。夏は嫌ってくらい何度も来るけど、この夏は今が最後なんだから」

 デリの言葉にフロストは眉を寄せ、はしゃぐ5人を見つめる。暫くそうした後、諦めた様にため息を吐き踵を返した。が、立ち止まり振り返らずにデリに告げる。

「少しの間だけだと伝えておけ」

 フロストの言葉に、デリはクスクスと笑った。フロストが5人を許す事は、とっくに分かっていた。
 夏とはどこか不思議なもので、どうやら心が明るくなる効果があるらしい。それが暑さからくる気の違いかどうかは、誰も分からないままだ。


『灼熱の太陽と遠くなる喧騒』 Fin.




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -