「シープスが任務の標的にやられ、負傷した」
そんな噂が、レイヴの耳に入った。
『優しい死神』
バタンッ、乱暴にドアが開いた。ベッドに腰掛け治療を受けていたシープスは、驚いて肩を揺らす。
「レイヴ、どうしたんです?」
「どうして…?」
いつもとは違う。シープスは直感でそう感じた。治療をしていた医務班の組員に礼を良い、退席するよう促せば、組員は頭を下げ立ち去った。シープスは腹部から腕にかけて巻かれた包帯を眺めながら、苦笑を浮かべる。
「すみません。少し油断してしまって」
「それが、理由?」
近くに置いてあった椅子を引き寄せ、レイヴはさらに問う。その眉間には薄くだが皺を寄せていた。
「本当の、理由は…?」
「………」
「シープス」
「………」
「シープス!!」
ビクリ、シープスの肩が揺れた。レイヴが怒鳴る事など、今まで無かった。
「本当は、見逃そうとした。今回の、標的は、自分より…若かったから…。違う?」
「…………貴方の、言う通りです。"私"には出来なかった…」
膝に手を置いて、ズボンを握り締めながら、シープスは言った。レイヴは自分を落ち着かせる様に深く息を吐く。
「任務を、失敗したら…どうなるか、知ってる?」
「ええ、噂には聞いてます。任務を失敗すると、フロストさんに…処罰されるとか…」
ですが、とシープスは言葉を続けた。
「まだ、彼は若かった。子供と呼んでも良い程若い彼を、殺すなんて…私には出来ません。まだ、彼は色んな可能性を秘めているのに、どうして…」
絞り出す様に、シープスは言う。その声は、微かに震えていた。
「分かってる…シープスは、優しいから。だけど、俺はシープスに、死んで欲しくない…だから、」
『これからは、ちゃんと殺して』
言えなかった。言える訳が無かった。シープスの優しさを、レイヴは不器用ながらに知っていた。また、自分が言おうとしている言葉が、どれだけ彼を傷付け、悩ませるのかも、分かっていた。
「………レイヴ?」
黙ったままのレイヴに、シープスは声をかける。少しの沈黙の後、レイヴは立ち上がり、シープスの頭に手を置いた。
「シープスは、死なせない」
「え?…あ、レイヴ?」
後ろ手でドアを閉め、レイヴは躊躇う事なく幹部室へと向かった。この時間なら、フロストは街へ出ている。きっと書類の場所ならすぐに分かる。顔を記憶すれば、探すのは簡単だ。
相手がどれだけ若くとも、自分なら迷いなく殺す事が出来る。
「シープスは、死なせない」
残酷なのは、自分だけでいい。
『優しい死神』 Fin.
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