彼らは人を殺す度
計り知れない程重いものを背負っている
それを知るものは
きっと少ない
『愚か者に告ぐ』
ザワザワとした騒音が止むことは無い。皆それぞれに空気を震わせ、音を作り出す。不快感と安堵感、どちらも感じられる騒音を遠く耳にしながら、一際大きく、銃が叫んだ。
「ぐああぁっ!」
「大袈裟に叫ぶな、まだ肩だけだ」
「ゆ…許してくぇ!」
「何をだ?」
泣きわめく男を見下げくつくつと笑いながら、フロストはもう一度引き金を引く。再び男は悲鳴をあげ、血がドクドクと溢れ始めた手の甲を押さえた。
「あ…あああ…!」
「喚くな。だらしない」
カシャン、と弾を代えながら、チラと腕時計を確認する。ああ、と溜め息を吐き、男の眉間に銃口を向けた。
「残念だな。時間切れだ」
「え………?」
「死ね」
放たれた銃弾は一瞬にして男の眉間を貫通し、当たり前ではあるが男は絶命した。脈を確かめる必要はない。
今日の任務は全てこなした。もう日が昇る、明日は珍しい事に任務が入っていない。たまには寝る努力をしてみようか、と銃をホルダーに戻した時、背後で小さな足音が聞こえた。驚いて振り返る、と。
「だァーンなッ!!」
ドンッ、とフロストの胸に何かがぶつかった。バランスを崩し後ろへ転倒してしまいそうになるが、死体の上に尻餅をつくのはごめんだと足を踏ん張る。
「だンな、見ィつけた!」
「………お前か」
ため息を吐きながら、首にしがみついてくるミミックを支える。どうしてこんな所に、そう問おうとしたが、答えは向こうからやって来た。
「もう、まだ目が完治してないんだから任務はやめとけって言ったのに」
せっかちなんだから、と飴を舐めながら、クスクスとデリは笑った。それを睨みつけながら、フロストはミミックを引き剥がす様に下ろす。
「もう大丈夫だ。それと、こいつを無闇に外へ連れ出すな」
「仕方ないよ、その子すっかりロスティに懐いちゃってるんだもん」
「だンな!早ク帰ろ!」
ミミックはグイグイと軍服の袖を引っ張りながら、フロストを見上げた。ふと、その視線はフロストの背後にある死体へと移る。それに気付いたのか、デリはクスクスと笑ってその死体を指差した。
「ディナータイムだってさ」
「…別に構わないが…」
ス、とフロストは身を引いた。ミミックはにこりとフロストを見上げ、死体に近付く。
「人が来ると困る。出来るだけ早く済ませろ」
「はァーい」
返事の直後、血飛沫が散った。パタタ、と二人の足元に血が飛び、コンクリートを汚す。
目の前でバラバラになる血塗れの晩餐に、デリはクスクスと笑った。
「豪快だねぇ」
「見ていて楽しいか?」
「まぁ、つまらなくは無いかな」
「悪趣味だな」
「あれ?死体を作ったのは何処の誰かなぁ?」
「…ふん」
気にくわないという風にデリを睨み付け、フロストは路地の向こうへ視線を動かす。ふと、そこに動く複数の影に気付いた。溜め息を吐き、再びデリを見上げる。
「お前、何か身を守るものは持っているか?」
「え?うーん、まだ開発途中の薬品なら持ち歩いてるけど」
「それでいい。どうせ注射器も持っているんだろう」
「持ってるけど、それが何?」
「お前がミミックを連れて歩いたりするから、向かえが来た様だ」
「あれ?一応警戒はしてたのになぁ」
「………馬鹿」
まぁいい、とフロストは念のため帯刀していた刀に手を添える。滅多に刀は使わないが、残念ながら銃弾は残り少なくなっていた。
路地の先に目を凝らす。が、影が見当たらない。どうやら、もう近くまで来ている様だ。何処にいる?
その時突然、背後で叫び声があがった。
「はなせェッ!」
しまった!そう思った時には遅かった。振り返ると、一人の男がミミックの口元を抑え抱き抱えていた。その背後にも二、三人の男が各々武器を片手にニヤニヤと笑みを浮かべている。
「どうしようロスティ、ミミック取られちゃったよ?」
「どうやら、俺もまだまだ若い様だな」
デリは相変わらずの笑顔を浮かべ、フロストは自嘲じみた笑みを浮かべている。その様子を見て、ミミックを抱えている男はニヤリと口角を上げた。ミミックの耳元に顔を近づけ、2人を顎でしゃくる。
「見ろよ。お前はいらねぇんだと。やっぱりお前みてぇなでき損ないには檻の中で充分なんだ」
ピクリ、フロストの肩が揺れた。薄らと笑みを湛えていた口元からは笑みが消え、刀に添えられていた手に力がこもる。明らかに変わったフロストの態度に、男達は躊躇いを表した。鋭い隻眼で相手を睨みつけるフロストの肩を、デリはぽんと叩く。
「ロスティ、騒がれると困るよ」
「分かってる。お前は手を出すな」
チキ、刀が鳴る。ミミックを抱えていた男が慌てて銃を取り出そうとした刹那、その腕がボトリと落ちた。
「………え…あ…?」
血が吹き出す肩を呆然と見つめ、男は目を見開く。その隙に、ミミックは男の腕から逃げ出した。
「反吐がでる」
刀をブンと振り血切りをしながら、フロストは吐き捨てる様に言った。
誰も動かない、何も言わない。男の体から流れ出る血液以外は、ピクリとも動かずフロストを見ていた。そんな沈黙の中、フロストは未だ呆然と立ち竦む男に近付き、何も言わずまた刀を抜いた。男はますます目を見開きガチガチと歯を鳴らす。多量の出血からか、それとも恐怖からか、その顔は青ざめていた。
「俺は、貴様の様な奴が大嫌いだ。力も無い癖に人を支配し、欲に目が眩む。自惚れるな、人が人を支配するのは簡単な事ではない」
刀の切っ先を男の首に触れさせながら、静かにフロストは告げた。そのまま何もせず、刀を鞘へ戻せば、男はガクリと膝を着きコンクリートの地面に倒れ込んだ。意識は無い。
「貴様達にも言っておく。自分は無力だという事を忘れるな。今日は特別に見逃してやる。俺の気が変わらない内に消え去れ」
フロストは武器を持ったまま立ち竦む男達に言う。誰も動かないかと思われた。が、次の瞬間、我先にと男達は散り散りになる。その様子を鼻で笑い、フロストは踵を返した。
「待たせたな。帰るぞ」
「少しはスッキリした?」
「そんな訳無いだろう。みすみす奴らを……おい、どうした?」
ふと、袖を引かれフロストは目線を落とす。
目に涙を溜めたミミックが、じっとこちらを見上げていた。
『愚か者に告ぐ』fin.
(5500を踏襲した志闇様に捧ぐ)
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