思考も、翼も
全ては寒さ故の架空の話で




『フィクション』





 キィイ、とドアが軋んだ途端、心臓が小さくなった気がした。

「うわ、さっみー……」

 肩に掛けたタオルが、緩く冷たい風にはためく。夜空を見上げれば、昼間の頑固な雲は何処へやら、青い髪の間から満点の星空。

(寒い………寒い、けど)

 ほぅ、と息を吐けば白い二酸化炭素がもやもやと。シャワー上がりの熱を孕んだ体からも、白い湯気がもやもやと。

(きもちいー……)

 体の熱が、すー、と抜けて水蒸気になって、思考も、呼吸も、全部、真冬の夜空に消えていく気がした。
 なんとも言えない心地の中、裸足の足でひたひたと柵に近付き下を見下ろす。何も聞こえない、多分気のせいだろう。また空を見上げた、真っ黒だ、下を見る、真っ黒だ。

(あ…俺、もしかし、たら)

 カシャン、柵に足を掛ける。

(今なら、飛べる、か、も)

 多分それも気のせいだ。分かっていながら、真っ暗な空に身を投げだそうと力を込めた。その瞬間。

「ストーップ!」
「え?…う、わっ!」

 叫び声が聞こえて振り向くと、真っ青な顔をしてライが飛びついてきた。その勢いで柵から外へ落ちてしまいそうになり、慌てて体を反らせてそれを阻止する。ドサリ、二人して屋上のコンクリートに尻餅をついた。

「いってー…なにす、」
「馬鹿!怪我とかないよな?もーマジお前何やってんの?心臓止まるかと思ったし。てか止まったから!いきなりいなくなったと思ったら何してんだよ、悩みとかあんなら聞くし!あーもー…マジびびったぁ……」

 痛いくらい思い切り抱き締められながら、ガクガクと揺すられる。訳が分からなくてきょとんとしていると、ライの泣きそうな赤くて青い目が見えた。

「なに、お前泣いてんのかよ」
「泣いてな…あーもーそうだよ当たり前だろ!」
「あーはいはい…よしよーし」
「撫でんなっ…大体、お前が悪いんだろ」
「なんでだよ」
「何で、死のうとしてんだよ」
「死のうなんて思ってねーよ」
「じゃあなんで柵に足かけて下見てたんだよ!」

 ワッ、と泣きだしそうな勢いでライはたたみかける。
 そういえば、どうしてあんな事をしたのだろうか。一人でいる時はあんなにも飛べる気がしたのに、今こうしてライと二人でいると、そう思った理由が見あたらない。
 自分でも理解し難い事を相手に説明出来るはずもなく、レフは首を傾げ屋上に寝転がった。その隣にライも寝転がったのを見て、もわりと白い息を吐く。

「俺にもよく分かんねぇよ」
「寒さでイカレちまったんじゃねぇの」
「……かもな」

 体は芯まで冷め切った。明日またここに来て、飛ぼうとは思わない。きっと。




「へっくし!」
「……風邪ひいてんじゃん」


『フィクション』 Fin.








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