「ヴィクスの姿を見て騒がない奴は初めて見たな」

 そう言って、その男は足を組む。勇気を出して、ミシェルは口を開いた。

「あの…ここは何処で、あなたは誰なんですか?僕を襲ったのは悪魔なんですか?悪魔を斬ったのはあなたですか?それに、」
「待て、一度に聞かれても困る。お前が今一番知りたい事は何だ?」
「……あなたは、いえ、あなた達は誰ですか?」
「ヴィクス、お前からだ」

 ミシェルから水槽の方へ顔を向け、その男は言った。水槽を振り返ると、ヴィクスと呼ばれたその魚人はミシェルを見て笑ってみせる。

「俺はヴィクス、まぁ、見ての通り魚人だな。ただこれだけは言っとくぜ、俺は"人間みてぇな魚"じゃねぇ、"魚みてぇな人間"だ」

 仲良くしてくれよ、とヴィクスは笑う。水槽の中、分厚いガラスの向こう側にいるにも関わらず、彼の言葉はするりと耳に届く。それはまるで水の様で、不思議な感覚だった。ヴィクスの自己紹介が終わると、次は目隠しの男が口を開く。

「俺の名はシェイド、シェイド=バリーだ。"黒装束"の指揮を担当している」
「"黒装束"?」
「誰が思い付いたのか分からん俗称だ。正式な組織名は無い」
「その"黒装束"は、何をしているんですか?」
「大まかに言うと、」

────バサバサッ

 床に出来た本の山が一つ崩れ、シェイドの言葉を遮る。見ると、その影に誰かいるようで、ミシェルはそっと近付いた。どうやら子供の様だが、白い布をかぶっていてよく分からない。警戒する様にこちらを見上げる目線を感じて、ミシェルはしゃがみ込んでそれに合わせた。

「初めまして」

 出来るだけ優しく声をかける。子供は苦手な方では無かった。すると、布の下から手が伸びて、ミシェルの事を──正しくは彼の背後を指差した。

「コイツ、"天"の奴だ」

 "天"?ミシェルは意味が分からなくて首を傾げる。すると、ヴィクスが腕を組みたしなむように言った。

「初対面の奴に指差してんじゃねぇよ。隠れる必要もねぇ、こいつぁマスターの客だ」
「シェイドさんの?それなら安心だ!」

 突然、その子供が飛び掛かってきた。バタンッ、と床に押し倒される。ミシェルは背中の痛みに顔をしかめながら子供を見上げた。子供は目を輝かせ満面の笑みを浮かべる。

「俺はメア!親父に頼んでこっちに来てるんだ。ちっせえからって舐めるなよな!なぁ、お前も俺の遊び相手になってくれんのか?」
「え?え?」
「鬼ごっこは得意?隠れんぼは?クロの奴すぐに俺の事見つけるからつまんな……わっ」

 そこまで一気にまくし立てたメアと名乗る少年の体が、唐突にミシェルの上から離れる。見ると、メアの胴に影が巻き付いていた。

「そこまでだ、メア。相手を困らせるな」

 目隠しの男がそう言うとメアは、はぁいと拗ねた様に返事をする。巻き付いていた影が離れると、メアは軽い身のこなしでソファに寝転がった。そこで、ミシェルは初めてメアの足の間で揺れるものに気が付いた。赤い尻尾だ。猫や犬のようなふさふさの尻尾ではなく、毛は生えずに先端が矢印のようになっている。

「悪魔の、尻尾…?」
「そうだよ、俺は親父の73番目の息子!末っ子だけど、弱くはねぇからな!角だってほんとはもっと長いんだぜ」

 額を指差し、メアは得意気な顔をする。額から生える二本の角は、お世辞でも立派だとは言えない。が、本人がもっと長いと言うなら長いんだろう。

「えっと…君のお父さんって…」
「人間は親父の事をサタンって呼んでるぜ?」
「えぇ!?」

 驚きのあまりに、思わず大声を出してしまう。まさか実際にサタンの息子が、しかも目の前にいるなど信じられない。

「本当にサタンの息子?」
「そうだよ。地獄は暇だからさぁ、親父に頼んでこっちに来れるようにしてもらったんだ」
「…す…凄い…」


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