淡い期待が募る
痛いくらい空っぽの

叶うのかと思えば
途端に醒めるが、夢





『夢依存』






「………目、覚めちゃった」

 ポツリ呟いても、返事をする者はこの室内には存在しなかった。あのドアの向こうには沢山の看護士が居るが、わざわざ呼んでまで返事を欲しようとは思わないし、わざわざ行ってまで何かを問い掛けようとも思わない。寝癖を誤魔化す為に、くしゃくしゃと髪を掻き乱す。眼鏡は何処に置いたか。ぼやけ歪み霞む薄っぺらい視界に嫌気をさしつつ、眼鏡を探して机の上を骨ばった手が這った。カシャリと音がして眼鏡と出会った手はそのまま眼鏡を持ち上げて主の目元へと持って行く。ハッキリと姿を現した物の輪郭とあまりの白さに、結局はまた嫌気がさす。

「なんで起きちゃったんだろ」

 返事を求めない呟きを漏らしながら細長い体を指先から足の先まで伸ばす。ボキボキと骨が文句を垂れた。
 徐々に思考がはっきりしてくるのと同時に、脳は、体は糖分を欲し始めた。ガラリと机の引き出しを開けると、この白い部屋には不釣り合いな程色鮮やかな糖分達が顔を覗かせる。だが何故か、好物の菓子を目の前にしても、それを食す気にはなれない。椅子を軋ませ息を吐いた。

(一体どうしたんだか…ね)

 自分でも良く分からない己の心理状態に呆れて、笑った。いまいち調子が出ない。なら寝てしまおうと、デリが欠伸を一つ漏らした時、ドアの向こうがガヤガヤと騒がしくなった。そういえば、と仕事中だという事を思い出し、ふらり、椅子から立ち上がる。ドアを開ければ、部屋と同じ様な白い服を身に付けた看護士がわたわたと慌ただしく行き交いしている。その内の一人の視界にデリの長身が入ると、その名を呼びながら駆け寄って来た。

「どうしたの?騒がしいなぁ」
「急患が入りました!"殺人班"組員が5人。その内の二人は意識不明の重体、後の三人は意識はありますがやはり重傷です」

 看護士の焦った言葉を耳にしながらベッドへと向い、デリはふと思った事を口にする。

「その5人は、任務に失敗したの?」
「はい、逃げた標的は違う組員が殺害したそうです」
「………そう」

 意識の無い患者を見下ろし呟いた。この後この組員は"始末"される。例え助けたとしても、それは無になるのだ。その事をデリ以外の"医療班"組員は知らない。寧ろ、"Evil"全体でもそれを知っている者は少ないだろう。

(ここで死のうが後で死のうが同じこと)

 バタバタと患者を助けようと医務室内を駆け回る組員を眺めながら、白衣から携帯を取り出し、リダイヤルの一番上にある番号に掛けた。

「あ、もしもしロスティ?…今ね、急患が入ったんだけど……うん……良いの?有難う!」

 嬉々として電話を切り、笑みを浮かべながらそれをポケットへ仕舞った。その様子を、組員たちは不安げな表情で見つめている。

「ちょっと外してくれる?あ、出来れば水が欲しいな」

 カーテンを閉めようと手を伸ばしながら、デリはチラリと組員達を見やる。有無を言わせぬようなその眼差しに、組員は黙ってカーテンの外へと下がった。間を空けずに、コップに入れられた水も運ばれて来る。四方をカーテンに遮られた空間の中、デリはふー、と息を吐いた。

「さて…と、どうなるかな」

 白衣に忍ばせていたピルケースから一つのカプセルを取り出し、力無く半開きにされた口に入れる。後から水を流し込めば、意識は無くとも喉はそれを飲み下した。

 途端、事態は豹変する。
 意識不明だったはずの組員は叩き起こされたかの様に目を見開き、それをぎょろぎょろと動きまわらせる。みるみる顔が赤く変色し、関節という関節がゴキゴキと厭な音をたて本来と逆方向に曲がっていった。壮絶な痛みを伴うであろうそれに、組員は声とは呼べないような叫びをあげる。



 そして訪れるのは、静寂。



「ダメ…かぁ」

 ふうとため息を付き、変形した四肢をシートで覆い、隠す。コップに残っていた水に、ピルケースの中身を全て放り込んだ。あっという間に溶けていくカプセルを眺め、首を傾げる。

「どうして、上手くいかないのかなぁ……夢みたいに」

 カーテンを引くと、壮絶な叫びを聞き、恐怖で青い顔をした組員が皆こちらに注目していた。それを気に留めることもなく、デリはコップを片手に窓辺へと近付く。

「僕は甘いものが好きなのに」

 下に誰もいないのを確認し、どんよりと雲の群れる空へ液体を放る。先程一つの命を奪ったにも関わらず、微かな光を受けキラリと光った。一瞬にして目の前から姿を消したそれは、小さくパシャンと音をたて地面へと着地した。

「現実は甘くない……か」

 クルリと振り返り、未だ動けずにいる組員たちにいつもの笑みを向ける。ごそごそとポケットを弄りながら。

「この患者さん達は任せてくれて良いよ。少し休憩したら?」

 ポケットから取り出されたのは、二つ目のピルケース。振ればカシャカシャと音が鳴るそれを見つめながら、組員達はゴクリと生唾を飲み込んだ。
 どうやって休めようか、これから医務室には絶叫が響き渡るというのに。


『夢依存』 Fin.





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