パシュッ

 消音拳銃特有の軽い銃声が路地裏に響いた。銃声が小さいのは物足りないが、腕に伝わる振動と、男の額から流れ出る血液に、ゾクリと体が震える。ゆっくりと振り返ると、子供を捕獲しようと奮闘していた男達が、こっちを凝視しているのに気がついた。皆それぞれに驚きの表情を浮かべていたが、それは見る見るうちに恐怖へと変わる。
 そうだ、もっと怯えろ。怯えて跪いて縋って、その目に恐怖と懇願の色を浮かばせればいい。

「死ぬなよ?」

 弾の代えはまだまだある。簡単に死なれちゃあお楽しみが続かない。俺は浮かぶ笑みを隠しきれないまま、これから死ぬ人間共にそう警告した。






 ドシャリ、穴だらけの頭を持つ人間の塊が地面に倒れ込み、厭な音をたてた。あっと言う間に、お楽しみの時間は終わりだ。ゾクゾクと快感に震えた背筋を伸ばし辺りを見渡すと、息をしているのは俺とあの子供だけになっている。子供はあまりダメージを受けていないらしく、近くに崩れ落ちている死体をつついていた。その子供に近付こうと一歩踏み出した、その刹那。

「…………っ」

 ぐにゃりと、視界が歪んだ。足がもつれ、その場に倒れ込む。嗚呼、しまった。と心の中で舌打ちを鳴らす。殺しに夢中で、右目から流れる血の存在と、その量についてを忘れていた。視界が霞み、意識が体を離れそうになっていく。ふと、自分の右目が俺を見ているのに気がついた。思ってたより眼球ってのは大きいんだな、と感心をしたのも束の間、小さな手がその眼球を拾い上げた。あの子供だ。何をするのかと体を動かし、子供を見上げる。口内に、俺の眼球が消えた。子供はしばらくそれを咀嚼すると、ゴクリと飲み下す。若干、嗚咽感が込み上げた。

「ごチそうサマ」

 俺を見下げ、にっこりと笑った子供の顔が霞みだした。そろそろ限界らしい。

「なぁ……俺を、喰うのか?」

 飛ぼうとする意識にしがみつきながら、俺は子供にそう聞いたが、子供は俺の顔を覗き込むだけで何も言わない。

「喰うなら、残すなよ…」

 手からすり抜けていく意識に別れを告げつつ、我ながら可笑しい遺言を残した。





 眩しい。
 微かに開けた瞼の隙間から射し込んでくる光に、脳はすかさず反応した。眉をしかめながら目をあけると、視界に入ったのは見覚えのある白い天井。腕を持ち上げ、目の前で空を握ったり離したりする。

「死ねてない…よな」
「残念でしたー」

 突然耳元でそう言われ、驚いて頭を動かし目線を移した。枕元でニコニコと飴をしゃぶっていたデリは、俺と目が合うとひらひらと手を振る。

「お元気ですかー?」
「…………目覚めは最悪だ」

 盛大に溜め息を吐いて、また天井を見やる。そういえば、と右目に手を持って行った。デリが治療したのだろう、包帯が巻いてある。

「…無いな」
「無いね。綺麗に無いよ」

 立ち上がりベッドの縁に腰掛けながら、デリは俺の顎の下に手を入れ脈を確かめる。よし、と頷いたかと思うと、パチンと音をたて両頬を掴まれた。

「デ、デリ?」
「あ、の、ねぇ!何勝手に死にかけてんの?任務成功したのに瀕死で帰還とか訳分かんない!ご丁寧にお土産まで持って帰って来てさー」

 心配したんだから、と拗ねた様に口を尖らせたデリは頬から手を離す。ふと、感じる違和感。デリの言葉の中に一瞬、聞き流しそうになったが、引っかかる事が一つあった

「土産ってなんだ?」
「そこで寝てるよ」

 デリが指差したのは隣のベッド。小さな山が出来ているそれに近付いて、慎重にタオルケットを捲る。とはいっても、中身の予想は出来ていた。

「…やっぱり」

 紫の髪が視界に入った途端、俺は無意識に呟く。安心しきった顔で、あの子供は寝息をたてていた。電気の明かりの下で見ると、体中の傷跡や骨の浮いた脇腹が痛々しい。ふるり、小さな瞼が震え、緑の瞳と目があった。途端に、小さな手を伸ばされたかと思うと、勢い良く飛び付かれる。

「なっ……?」
「よかッタ!よかッタ!」

 それだけを連呼して、頬を擦り寄せられる。対応に困ってデリに視線を送ると、面白がってクスクスと笑った。

「ロスティの事が心配だったんじゃない?それに、その子が僕に連絡してくれたお陰で、ロスティは助かったんだよ」
「連絡?」
「コレ、使ッた!」

 満面の笑みを浮かべ、子供は枕元に置いてある俺の携帯を指差した。リダイアルでもしたのだろう。首にしがみついたままの子供を支えるのが辛くなって、ゆっくりとベッドに腰掛けた。子供を膝に座らせる。

「お前…帰る所は、無いんだよな」
「………うン」
「それなら、此処にいるか?」
「ホントに!?」

 俺の言葉に、子供は嬉々とした表情を浮かべ、また首に纏わりついてきた。引き剥がそうと健闘する俺を笑いながら、デリはポンと子供の肩を叩く。

「君、お名前は?」
「ボク、ぜろなな」
「07?」
「恐らく、登録番号か何かだろう。体の傷からして、普通の生活は送っていなかったみたいだからな」

 やっと首から子供が離れた事にほっと息を吐きながら言うと、デリはうーん、と考え込む素振りを見せた。そしてすぐに、思い付いた様に言う。

「それなら、ロスティが名前を付けてあげてよ」
「名前?俺が?」

 期待した表情を浮かべる子供を見て、しばし悩む。だが意外にも、長くはかからなかった。

「……ミミック」

 暗闇の中、血の匂いの中、溶け込むようにして隠れていた模倣者に、俺は、そう名付けた。


『擬態する捕食者』 Fin.

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