甘い匂いに誘われて
気付けば口にした果実
一度堕ちれば
這い上がるのは無理で
『それは酷く美しい味』
「あ、待てって揺らすな!」
「だってお前遅ぇんだもん」
"Evil"本社にある武器庫の窓からマシンガンの銃口を覗かせ、双子はやいやいと口での攻防を繰り返している。早くしろ、じゃあ押すな、お前が遅いから、押すからだ。その攻防は終わる事無く、言い合うこと約十分。始めはきちんとマシンガンを向け、狙いを定めていたカラスの群も、いつの間にか姿を消している。その事にすら気付かない程、双子は言い合いに夢中だ。
「だぁから!俺が撃つってんだろ!」
「じゃあ撃つなら撃てよ!じゃねぇとカラスが…っていねぇじゃん!」
やっとの事でカラスの不在に気付いたライは、窓から身を乗り出しその黒い影を探すが、日の沈んだ空にそれは見当たらない。窓の外から銃口と共に姿を消したライはレフを睨み付け、両手の中指を立てた。
「このクソッタレ!逃げちまったじゃねーか!」
さっさと撃たないから!と続いた言葉に、レフは顔を険しくし、親指を下に向ける。
「お前が押さなかったらすぐに撃てたんだろうがボケナス!」
次々と双子の口からは悪態が飛び出した。お互いに降り注いだ悪態に、お互いが腹をたて、ついには目の前にいる自分にそっくりな敵に飛びかかる。些細な事が原因の殴り合いが始まってすぐ、ガチャリと音をたて、武器庫のドアが開いた。
「んァーあ、腹減ったァ」
書類を片手にブツブツと呟きながら、ミミックは足でドアを閉める。バタンバタンと響く騒音に気付き顔を上げれば、目をぐるりと回してやってられないと溜め息を吐いた。
「お前らまァた喧嘩かよ…」
頭が痛いという様に目頭を押さえ、カツカツと双子に歩み寄り、
「イイ加減にしろ」
双方の頭に蹴りをいれた。
「「いってぇっ!」」
殴り合いは一時中断、双子は自らの頭を押さえ、痛みに目を潤ませた。二人とも、サングラスは割れて鼻血を流している。ミミックは双子と床に転がっているマシンガンを一瞥し、近くにあった段ボールにドッカリと腰を下ろした。
「テメェらまァた射撃なんかしてサボッてたろ?」
街中でマシンガンなンか使うな、と諭すミミックに、双子は顔を上げお互いを指差した。
「「だってコイツが!」」
重なった責任転嫁の言葉に、また双子は睨み合う。紅と蒼の瞳からは、今にも火花が飛び散りそうだ。
「オメェら仲良いのか悪ィのかどっちかにしろよなァ?まァそンな事より、仕事が入ったゾ、仕事が」
「う、ぇー。マジっすか?」
「マジに決まってンだろ。今日は一件、レイヴの任務の後処理だ。場所はZONE-7の廃工場」
「レイヴの仕事って大抵標的が大人数じゃないっスか。面倒臭いっス」
頬を膨らませ、双子はブーブーと文句を言う。こういう時に限って、おかしな程に意見が合うのだ。そんなやる気の無い双子を見て、ミミックは溜め息を一つこぼす。立ち上がって双子に歩み寄り、ライの顎を掴んで上を向かせた。
「俺に喰われるか任務か、どっちがイイ?」
ニヤリと笑い牙を覗かせ、二股に割れた舌で舌なめずりをすれば、ライは身を硬くして小さな声で任務と答える。お前は?とミミックがレフを横目で見やると、レフは背筋を正して敬礼し、震える声で任務と答えた。
「うわぁ、こりゃまた豪快に」
本日の自分たちの仕事場である工場を見て、レフは一言。目の前には見慣れたとはいえあまりお目にかかりたくない程沢山の死体、死体、死体。腹を裂くなり眉間を撃ち抜かれるなりして動かなくなった元人間の塊は、それぞれに苦悶の表情を浮かべ、床に転がっている。これ程沢山の死体と血飛沫を何も無かったかの様に跡形も無く片付ける、それが"処理班"の仕事だ。手袋をはめてマスクを付け、ライは腰に手を当てたる
「よし、サッサと終わらせないとな!」
「ここら辺は人通りって多いんスか?」
「そうナァ…まァ、ココら辺りは廃れた工場地帯ダ、それに今は夜中の2時、大丈夫ダロ」
首をコキコキと鳴らし、ミミックは後ろに待機していた他の組員を振り返った。手にしていた書類を一瞥し、ひらひらと手を振る。
「今日は全部で32体、血液とか空気感染する様な死体はねェから安心しな。ンじゃあいつも通りヨロシク」
その言葉だけで、組員はザッと敬礼し、それぞれの配置へとついた。死体を回収し血痕を拭き取り弾丸を拾い集める。その様子を満足げに眺めながら、ミミックも近くにあった死体を担ぎ上げた。その額から流れる血液を指で拭い、ペロリと一舐めする。
途端に、ペッと血を吐き出した。
「う、ェ…。こいつジャンキーか…」
しまった、と顔をしかめ口を拭いながら、担いでいた死体をトラックの荷台へ放り込む。その様子を見ていたレフは、笑みを浮かべ、ズルズルと死体を引き摺りながらトラックへと運んだ。
「先輩、食事は後にして下さいよー」
見てたら吐きそうっス、と言いながらも、レフは未だにニヤニヤと笑みを浮かべている。あまり不快だとは感じていない様だ。
「そうは言ってもなァ、最近メシ喰ってねェンだよ」
キョロキョロと辺りを見回し気に入りそうな死体を探すが、どうやら全部ハズレだったらしく、ミミックは肩を落とし深く溜め息を吐いた。
「せんぱーい、処理終わりましたぁー」
「発つ鳥跡を残さずっス」
欠伸をしながら敬礼し、双子はミミックにそう報告した。他の組員もちらほらと欠伸をしながら終わった事を報告する。それを聞いたミミックはニィと笑顔を浮かべ、パンパンと手を叩いた。
「ン、お疲れさン。今日は疲れたろォ?旦那には1日休めるよォに頼ンどいたから、今日は帰ってゆっくり休みな」
それを聞いた組員達は疲れきった表情から一変、喜びの表情を浮かべ、口々にミミックに礼を言った。人を食すというタブーを犯すミミックが、疎遠にされない理由の一つ。それは、その仲間思いな性格にある。
「よし、遊びに行こうぜライ」
「おうよ、何する?」
ゾロゾロと退散する"処理班"組員の背を見送りながら、双子は肩を組みこれからの相談を始める。先刻の喧嘩など、とうに忘却の彼方の様だ。
「撲殺、刺殺、それか銃殺?」
「全部やったっつーの。圧殺とかどうよ」
「いーねー、誰にしよっか」
ケラケラと笑いながら楽しそうに話す双子を見て、ミミックは苦笑を漏らす。
「お前ら、ちゃんと死体は始末しろよなァ?」
「大丈夫ですって先輩、ちゃーんと毎回事故に見せかけてるから、それに……」
「…………ッ!」
唐突に、ミミックは続きを話そうとしたレフの口を塞いだ。空いた手の人差し指を立て、シーと静かにする様合図する。双子が頷き了解の意を表したのを確認し、レフの口から手を離すと、ミミックは工場を見回した。視線は、ある一点で止まる。足音を忍ばせ端に置いてある木箱へと近付き、その影を覗き込んだ。
「んァ?なンだ、ガキかァ?」
その言葉に、双子はホッと胸を撫で下ろす。木箱の裏に隠れる様に座っていた子供は、小刻みに震えながら大きな目に涙を浮かべミミックを見上げていた。ミミックはニィと笑みを浮かべ、子供に手を差し出す。
「よォぼうず、こンな所で何してンだァ?」
子供は怯えているのか、ミミックを見上げ何も言わず、動こうとしない。ミミックが、さて、どうしたモンかねェ、と腕を組んで、意見を求めようと双子を振り返った時だった。子供は突然ドンッとミミックを突き飛ばし、出口へ向かって走り出した。少しよろめいただけのミミックは、直ぐに体勢を立て直し双子に叫ぶ。
「ッチ、オイ!捕まえろ!」
「「ラジャー!」」
歓声をあげながら、双子は子供の後を追いかけていく。双子の足は遅くない。第一、あの体格差なら子供が捕まるのも時間の問題だろう。工場から出てふらふらと歩き回りながら、双子が戻って来るのを待つ。ふいに、背後から足音が聞こえた。振り返ると、子供と、それを追う双子がこっちに向かってくるのが見える。
「先輩!捕まえて!」
双子が叫ぶのと、ミミックが子供の腕を掴んだのはほぼ同時だった。双子はミミックの元まで駆け寄り、ハァハァと荒い呼吸を落ち着かせる。
「そいつ、走んの、早い」
「テメェらで追い付かねェって事は、よッぽど早ェンだな」
暴れる子供の腕を掴みながら、ミミックはケラケラと笑う。さてと、としゃがみ込み、子供の顔を覗き込んだ。
「ぼうず、何で逃げたンだァ?」
「…父さんをどこにやった!」
キッとミミックを睨み付け、子供は叫んだ。その言葉に、ミミックの顔から笑みが消える。同じ様に、双子の表情も少し堅くなった。
「見てたのかァ?」
「見てた!金髪の人が父さんを撃ったのも、あんた達が動かなくなった父さんを車にのせたのも、全部見たんだからな!」
そう叫ぶ子供の瞳からは、大粒の涙がぼろぼろと零れた。ミミックは溜め息を吐き、子供の肩に手を置く。
「そいつァすまねェなァ。坊主、親父に会いてェか?」
「そんなの、会いたいに決まっ……」
子供の声は、突然途切れた。その代わりに、ズブズブと何かが何かに突き刺さる音が耳に付く。子供の白い首筋は、先程とは一変、赤く染まっていた。双子が目の前にいるのも忘れ、ミミックは夢中で血を啜り、その肉を貪った。ふと顔を上げ双子を見やり、ズルリと口の周りの血を拭うが、その手さえも血塗れで意味が無い。ニタリと笑えば、子供の肉を安々と裂いた牙が覗いた。
「この坊主は俺が処理しとくから、テメェらは帰ッて休みな」
それを聞いて、双子は堅い表情のまま敬礼をし、くるりと背を向ける。暫くの間、双子は互いに黙っていたが、背後に食事の物音が聞こえなくると、ホッと息を吐いた。
「き、緊張した……」
「俺さ、先輩の事嫌いじゃないけどさ」
「うん、俺も………でも」
「でも、な」
ゴクリと生唾を飲み込み、額に浮かんだ冷や汗を拭う。
「やっぱあの人、怖い」
縛り付けるのはどちらなのか
血肉を欲する捕食者か
欲を惑わす被食者か
食し食されまた食す
別段変わった事では無い
人もまた 弱者であるだけ
『それは酷く美しい味』 Fin.
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