店内は小さく、薄暗かった。既に先ほどの男の姿は無い。ただ、奥にある扉が少し開いていて、そこへ風が流れている。扉を開けると向こう側には部屋ではなく地下へと続く階段があって、心なしか、誰かに背中を押されているような感覚がした。階段は暗闇に続いていて先は見えない。ここを下りると、もう二度と戻ってこられないような気がする。だが、ミシェルは何の躊躇いもなく最初の一歩を踏み出した。例え何か大変な事に巻き込まれたとしても、知らない世界を知れるのだとしたら、それ以上楽しい事はきっと無い。行け、と急かす自身の好奇心に従い、ミシェルはどんどん階段を下りた。
 暫くして、また扉が現れた。隙間から漏れる光に安堵し、すぐにその扉を開ける。そして、息を飲んだ。

「わあ……」

 地上の本屋や階段とは違って、この部屋は暖かい光に満ちていた。その原因は高い天井に吊り下げられた無数のランプだ。広い部屋の真ん中には、机を挟んで大きなソファが2つ向かい合わせに置いてある。壁は梯子つきの高い本棚になっていて、数えきれない程の本が並んでいる。本棚から溢れた本は、床にいくつもの山を作り上げていた。中には見たことの無い文字で書かれた本もある。が、四方の壁の内、一面だけ際立った壁があった。本棚ではなく、大きな水槽のようだ。とは言っても、見る限り中には何も泳いでいない。

(魚はどこにいるのだろう?)

 その答えは、向こうからやって来た。

「あ?客か?」

 ス、と突然下から人が上がってきた。人、とは言っても、相手は水槽の中だ。更に、ミシェルはすぐには相手を人だとは言い切れなかった。肌は皮膚ではなく、白い鱗で、目は血の様に赤い。水の中でたゆたう髪は水の色を吸い込んだ様な透明感のある青色だ。相手はミシェルの顔をじっと見つめている。ミシェルがガラスに手をつけると、相手も手を重ねるように手をつけた。ミシェルより少し大きなその手の指の間には、水かきがある。

「驚いたか?」

 声のする方を見ると、奥の机にミシェルをここまで案内した男がゆったりと座っていた。部屋は明るいはずなのに、何故かその男の周りだけ薄暗いような気がする。相変わらず目隠しをしている男は、それでも確かにミシェルの事を見て言った。


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