加減なんてしない。 やりたい事をするだけ。 だってこれは ただの"ゲーム"だから。 『罰ゲエム』 「おい、今何時だ?」 肌の焼けた大柄の男が仲間の一人に問い掛けた。仲間は無数の入れ墨が彫られている腕をかざし、腕時計を確認する。 「ちょうど午後2時です」 それを聞いた男はニヤリと笑みを浮かべ、腰を下ろしていたソファから立ち上がる。向かった先は一枚のドア。濁った銀のドアノブを回し中に入ると、数人の大柄な男が一ヵ所に集まっていた。その中心にある何かに罵声を浴びせながら、殴る蹴るを繰り返している。男はそれに近付き、片手を上げて制止しながら仲間に言った。 「止めろ、死なれると困る」 仲間は男の言葉に従い、サッと身を引いた。暴行を加えられていたものが姿を表す。それは、青い髪をした青年だった。後ろ手に腕を拘束されている青年はあちこちに痣を作り、身につけている白いツナギは長時間に渡る暴力により乱れ、汚れている。男は青年に近付くと、床に伏せられているその頬を掴み、グイと上を向かせた。青年は青い瞳を泳がせている。 「そろそろ吐いたらどうだ。お前の仲間はどこにいる?」 青年は口を開かない。 「もう一度聞く。"Evil"の本部はどこにある?」 青年は口を開かない。そうか、と男はわざとらしくため息を吐くと、仲間に合図をした。頷いた仲間は青年を無理矢理立たせ、男と向かい合わせる。途端に、男は青年の腹部に膝を埋めた。 「ぐっ、……ッ」 ゲホゲホと咳き込み体を折る青年。しかし、それでも男は容赦なく腹部に蹴りや拳を埋め続ける。パタタッと、血がコンクリートの床に飛び散った。 「さて、せめて名前だけでも言う気にはならないか?」 男はニタニタと笑いながら青年に問い掛ける。青年は、やっとの事で口を開いた。 「…………ライ」 「ライ?それがお前の名前か」 それじゃあ、と男は続ける。 「教えてくれ、ライ。お前みたいな若造を暴力団に仕向けた組織、"Evil"の本部はどこにあるんだ?」 ゆっくりと、寒気のする様な猫なで声で、男は言う。ライは答えないのかと思いきや、吐血の跡が残る口角をクイと上げて、口を開いた。 「そんな事よりさ。煙草くちょーだい、オッサン」 血の混じる唾を男の顔に吹きかければ、男の顔はみるみるうちに血液よりも赤くなった。 「この…っ!クソガキが!ぶっ殺してやる!!!」 男が取り出した拳銃の銃口がライの額に当てられた瞬間。ドアがバタンッと開いて数人の仲間がドサドサとなだれ込んで来た。皆それぞれ首を掻き斬られぱっくりと傷口を開いている。ライの腕を掴んでいた仲間はそれを見て短く悲鳴を上げ、その腕を離した。支えを無くしたライはそのままコンクリートの床に倒れ込む。 「あんたら、ちょっとやりすぎ」 ケラケラと笑い声を含む声が、ドアの外から聞こえる。そのすぐ後に姿を表したのは、ライと同じ容姿をした青年だった。男は驚いて、ライと今姿を表した青年を見比べる。共通点だらけのその姿に、男はやっとの事で答えを出した。 「双子か!?」 それを聞いた青年は、コクンと頷き人懐っこい笑みを浮かべる。 「ご名答。ちなみに俺はレフ、間違えんなよ?」 またケラケラと笑うレフ。足元に倒れている死体を踏みつけ部屋に入って来た彼を、さらに多くの男の仲間が取り囲んだ。辺りをぐるりと見渡し、レフは驚いた顔を作ってみせた。 「へぇ、まだいたんだ」 「ガキが舐めた真似しやがって!おい、殺せ!」 男が喚き散らす。仲間がレフに飛びかかろうと一歩踏み出したのと同時に、レフはチェーンで繋がれた二丁拳銃を抜き取った。 「あーあ、つまんねぇの」 チャリ、と血濡れたチェーンを振りながら、レフは辺りを見回した。辺りには手足や首が散乱し、部屋は真っ赤に染まっている。部屋の奥の壁に寄りかかる様に座り、ライは呆れたように苦笑を漏らした。 「あのさぁ、やりすぎ」 「なんでだよ、ライにそんな事したんだから、自業自得」 「それは有り難いんだけどさ、『一人で暴力団に乗り込む』っていう罰ゲームを考えたのはレフだろ」 「まぁまぁ、細かい事は気にしない。俺がヒーロー気取りたかっただけだし」 まだ手錠がついたままのライが立ち上がるのを手伝いながらレフは言う。ライは立ち上がって首をコキコキと鳴らした。 「なぁ、煙草持ってる?」 「煙草?あぁ、持ってる」 ポケットから煙草を取り出しライにくわえさせてやり、マッチでそれに火をつけた。 「あーっ、生き返る」 「俺にもちょーだい」 「ん」 ライがくわえていた物を受け取った時、レフのポケットからピピピ、と電子音が響いた。着信を告げる携帯を取り出し、レフはもしもしと応答する。 「あ、先輩すか?…はい、はい、了解しましたー」 数秒で相手の用件は片付いたらしく、レフは携帯を耳から離し通話を終わらせた。 「ミミック先輩?」 「うん。レイヴの仕事がさっき終わったから処理しに行くってさ」 「え、今から?」 「当たり前だろ。え、お前もしかしてこいつらに殴られてダメージ受けたとか?」 ケラケラと笑いながら、レフは背後の肉塊を顎でしゃくる。それを見たライは苦笑を浮かべ首を振った。 「んな訳ねぇだろ」 「ま、手錠は現場で外そうぜ。今は道具ねぇし」 「りょーかい」 レフは短くなった煙草を背後に放り投げた。黒く固まり始めた血液に触れ、ジュッと音をたてる。そこに残ったのは、もはや死体とも言えない肉塊と吸い殻。 そして、二人のゲーマーの笑い声だけだった。 『罰ゲエム』 Fin. |