「そこまでにしたらどうだ」

 聞き覚えの無い、男の声がした。息苦しくなくなり、手はそのまま首を放した。ヴィクスは慌ててそこから離れ息を整えながら管理人を見上げると、管理人の腕には影のような何かが巻き付いている。その影を目で辿ると、その先にはあの男がいた。客の後ろで無表情のままだった、銀色の髪の男だ。

「なんだてめぇ!」
「お前がこの小屋の管理をしている者か?」
「あぁそうだよ!何か文句あんのか!?」
「幾つかある。まず、【見世物小屋】は規則により禁止となっている。これが仮に【サーカス】だったとしても、演者にはきちんとした食事・住居・余暇を与える決まりだ。彼らと接するという事は、規則を知っているという事になるが…」
「はぁ?規則が何だってんだ!この仕事はいい金になるんだよ、こいつらの見た目が変なお陰でな!特にそいつは魚人だからな、客はありっけのコインを投げていく。てめぇらのルールなんか知るか!俺は人間だから規則なんてもんは関係ねぇ!」

 管理人はせせら笑いながら吐き捨てた。それを聞いた男はため息を吐き、手帳に何かを書き込んだ。もう一度顔を上げ、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を並べる。

「最後の警告だ。今すぐに小屋を閉めろ」
「ハッ!お断りだね!こいつらには人間と同じ扱いをされるような価値はねぇよ!」
「そうか……残念だ」

 銀髪の男は呆れたようなため息を吐くと手帳をコートのポケットに戻し、管理人に近付いた。管理人は男に殴りかかろうと手にしていた金属の棒を振りかぶる。男の頭目掛けて振り下ろそうとしたが、突然管理人は動きを止めた。

「なんだ!?」
「無理に動かない方が良い。奴らは遠慮を知らないからな」

 ヴィクスは腰を抜かしながらも一連の動きをじっと見守っていた。管理人の腕には影が絡み付いていたが、今となってはその影は管理人の体を完全に縛り付けていた。男の銀髪が、無風であるにも関わらずゆらゆらと揺らめく。男はヴィクスの方を振り返りながら言った。

「目を閉じていろ。俺が合図するまで絶対に開けるな」

 ヴィクスは言われた通りに目をギュッと閉じた。男は管理人に近付き、目隠しに手をかける。その途端、管理人に初めて恐怖が込み上げた。何をされるのかは分からないが、今からされる事は殺される事よりも恐ろしい事だと、本能が警報を鳴らす。だが、体が動かない。瞼を下ろす事すら出来なかった。

「怖がることはない。痛みはないだろう」

 そう言って笑うと、男は目隠しを取った。



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