もしかしたらすっごく怒られるかもしれないけど、一年に一回のイベントだし、勇気を振り絞って言うんだ!
『trick or treat?』
出来るだけ静かに船内を移動する。コックピットにはいなかったし、愛機の小型船は残ってたから、きっとリビングルームにいるはず。運よくドアは開いてて、僕は四つん這いになってこっそり部屋に入った。ソファに座るフードを被った後ろ姿が僕に気付いて無いことを確認して、僕はすぅ、と思いっきり息を吸い込んだ。
「お菓子くれなきゃイタズラするぞーっ!!」
叫びながらフードの頭に飛び付く。上から顔を覗き込もうとしたら、マントのつもりで首に巻いてた赤い布を掴まれて、頭から引き離された。
「………何やってんだお前」
僕を目の前でぶら下げたまま、J兄ちゃんはいつもの不機嫌そうな声で聞いた。せっかくびっくりさせようと思ったのに意味は無かったみたい。先制攻撃が失敗しちゃった事にはめげずに、僕はもう一回言った。
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
「あぁ?………あぁ、31日か」
ハロウィンって事は分かったみたいで、J兄ちゃんは僕を下ろした。短くなったタバコを灰皿に押し付けて、改めて僕に聞く。
「…で?」
「"で?"じゃないよっ!お菓子くれなきゃイタズラするぞって言ったの!」
「んな事言ったってな…大体なんだその格好」
「あ、これ?宇宙狼と吸血鬼の間の子、スペースヴァンパイアウルフマンの仮装だよ」
「名前が長ぇ。それより、俺は何も持ってねぇぞ」
「えぇー、ほんとに何にも無いの?」
「無い」
ズボンのポケットをひっくり返して、J兄ちゃんは言い切った。でも僕は勿論そんな事は予想してたんだ。全部計画通り!
「…なら、イタズラするしかないね」
「はぁ?」
「言ったでしょ、【お菓子くれなきゃイタズラするぞ】って」
笑いながら言って、ポケットに隠してた銃をJ兄ちゃんに向けた。さすがはJ兄ちゃん、普通の人なら銃を向けられただけで怖がるけど、J兄ちゃんは少しも顔色を変えなかった。
「それはオモチャじゃねぇぞ、カブ」
「知ってるよ?」
「エネルギー切れの銃か」
「ちゃんと撃てちゃうもんね」
J兄ちゃんがなかなか信じないから、たまたまこの部屋を掃除してた小型のロボットに銃口を向ける。引き金を引いた途端に、チュドンッ!って音がして、さっきまでそこにあった小型ロボは、煙を上げる黒い塊になった。
「ほらね?撃てちゃうでしょ?」
「カブ、それ渡せ」
「だーめ、まだイタズラ出来てないもん」
「おい、カブ…」
さすがのJ兄ちゃんも焦りだしたみたい。でも慌てふためく様子は無くて、ソファにどっしり構えた体勢は変えないまま。そんなJ兄ちゃんに銃口を向けて、僕は指に力を込めた。J兄ちゃんは、咄嗟に声をあげる。
「おい待て!」
────チュドンッ!
さっきと同じ音がして、レーザーが左胸を貫いた。けど、ケガはない。J兄ちゃんは胸を触って確かめたりして、首をかしげた。
「あ?何でだ?」
「…っぷ、あはははっ!ダマされたー!ぜーんぶ僕が作ったホログラムだよ?バレないサイズのプロジェクター作るの大変だったんだから」
「最初に撃って爆発したロボットも、煙も全部か?」
「そうだよー、J兄ちゃんったら焦っちゃって!イタズラ大成功ー!」
いつもどんな時だって慌てたり怖がったりしないJ兄ちゃんを、ちょっとでも動揺させる事が出来たのがすごく嬉しかった。満足して部屋を出ようとしたけど、いきなり首根っこを掴まれて引き戻される。J兄ちゃんの口元が笑ってるのを見て初めて、ヤバい、と思った。
「なぁ、カブ。てめぇに言いたいことがある」
「な、なに?」
──Trick or treat?
もちろん僕は、お菓子なんて持ってなかった。
『trick or treat?』 END
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