「おい、お前またこんな遅くまで勉強してたのか、もう暗いから帰れ」
「あ…はい、すみません」

 いつもの会話、見飽きた風景。過ぎていくのは刺激のない毎日。そんな毎日が、ある日突然終わりを告げた。







プロローグ『さよなら平凡な日々』







 日はすっかり落ち、街は灯りを灯している。どこにでもいるような普通の学生、ミシェル=エリオットは大学の図書館で調べものをしていて、気付けばこんな時間になってしまっていた。慌てて必要な分の本をありったけ借りたミシェルは、両手いっぱいの本と重い鞄に悪戦苦闘しながら帰路についている。肩からずり落ちそうになった鞄を掛け直すと、その拍子に脇に抱えていた参考書が落ちてしまった。大学からアパートまでは少し遠く、まだ道程の半分まで来ていないというのに、参考書を落としたのはこれで3回目だった。ため息を吐きながら参考書を拾おうと、腰を曲げた時。

「邪魔だっつの」

 ドンッと後ろから誰かにぶつかられる。道に倒れ込む程の強さでぶつかられ、そのせいで両手に抱えていた本は全て道に散らばってしまった。顔を上げると、髪を長く伸ばした数人の男が笑いながら謝る事もせずに立ち去っていく。相手はミシェルに邪魔だと言ったが、道は広くまだまだ他に歩くスペースはあるし、第一ミシェルは道の端を歩いていた。彼らがわざとミシェルにぶつかったのは明らかだ。ミシェルはずれた眼鏡を掛け直して、散らばった本を拾い集める。先程ぶつかっていった奴らに後ろから罵倒を浴びせる程の度胸は残念ながら彼は持ち合わせていないが、只でさえ何度も参考書が落ちてしまい気が立っていた為、怒りに任せぽつりと呟いた。

「天罰が下るぞ」

 その直後、静かだった街の通りは沢山の音で満たされた。急ブレーキによるタイヤの擦れる音、男性の叫び声、女性の甲高い悲鳴。そして、スピードを出していた鉄の塊と、弱々しい肉の塊がぶつかる嫌な音。それを目の当たりにしたミシェルは、再び参考書を落としてしまう。ぶつかられた肉の塊というのが、さっき自らが天罰が下る様に願った男だったからだ。

「お、落ち着け…僕じゃない、僕じゃ…」

 震える手で参考書を拾い集めて、ミシェルはアパートへの近道である細い路地に入った。人気が無いせいで通ることをいつも避けていたが、一刻も早く家に帰りたい。



 路地に入り、歩き始めてすぐの事だった。他に、誰かの足音が聞こえる。誰かもこの路地が近道なのだろうかと振り返ってみれば、誰もいない。更に悪いことに、その足音をよく聞いてみれば、

───ビチャッ、ビチャッ

 どうやら相手は相当びしょ濡れか、人間や犬猫以外の何からしい。怖くなったミシェルは歩くスピードを早める。すると、後ろの足音も早くなる。立ち止まれば、相手も少し遅れて立ち止まる。恐怖にかられ、本を落とさないように出来るだけ早く走った。すると、後ろからの奇怪な足音も走り出すのかと思えば、足音すらしなくなった。走る速度を落としながら振り返る。相変わらず路地には誰もいない。すると、足音の代わりに、羽音が聞こえた。虫の羽ではなく、バサッバサッといった、大きな鳥が羽ばたくような音だ。

「………?」

 不思議に思い上を見上げた時、ミシェルはもう一度、本を落とすことになる。

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