ランタンの灯りが呼んでいる。浮かばれぬ魂や、隠れたままの彼らを。








『クーキー・スプーキー』






「ハッピーハロウィーン!」

 大きなカボチャを抱え、吸血鬼の仮装をしたミシェルは満面の笑みで地下室のドアを開けた。が、ドアの向こうにいた住人達はと言うと…。

「ミシェル、何でそんな格好してんの?」
「カボチャでも食うのか?」
「……………」

 メア、ヴィクス、クロウの3人はきょとんとした表情を浮かべた。予想外の反応をされてしまいミシェルは戸惑うが、まさか知らない筈は無いだろうと説明する。

「今日は10月31日、ハロウィンですよ!」
「はろうぃん?クロ、知ってる?」
「……?」
「カボチャを使った料理か何かか?」
「え…本当に知らないんですか?」
「知らないから聞いてるんだよー!」

 何?と3人揃って首を傾げた所で、シェイドがどこからか帰ってきた。ミシェルの姿を見て、盛大にため息を吐く。

「やはりな…こうなると思った」
「なぁマスター、今ミシェルから今日はハロウィンだって聞いたんだけどよ、マスターはハロウィンが何か知ってるか?」
「………あぁ、知っている」
「えーっ!?何で俺達に教えてくれなかったんだよー!」
「長ぇ付き合いの俺にすら話してくれてねぇ」
「すまない。隠すつもりは無かったんだが、話すつもりも無かったんでな…。ハロウィンというのはカトリック教の行事で、悪霊を追い払うために人々がモンスターなどの仮装をして家々を回る日だ。ある言葉を言えば菓子をもらえる」
「ハロウィンすげー!俺もお菓子欲しい!」

 話を聞き、メアがさっそく目を輝かせる。ほら見ろ、とシェイドはため息を吐いた。

「出来るだけ教えたく無かった…すぐ参加したがるだろうと思ってな」
「何でダメなんだよーっ」
「その姿が普通じゃないからだ。何の為にいつもローブを着ていると思っている」
「ですが、ハロウィンなら大丈夫では無いでしょうか?皆仮装している訳ですし、不自然では無いと思います」

 珍しく、ミシェルがメアの側に立つ。確かに、ハロウィンの今日なら表には色々な仮装をした人々が出歩いている。その中に紛れ込む事は難しい事ではないだろう。シェイドは暫し考え込んだ後、渋々といった様に頷いた。

「…良いだろう。だが目立つことはせず、俺が許可しない限り能力は使うな」
「やったぁああ!」
「お前…地獄に住んでる奴がキリスト教の行事に参加してイイのかぁ?」
「別に問題ないよ。人間が言う"神様"ってのと俺の親父は別に仲悪い訳じゃないし」

 ミシェルとしては非常に気になる事をメアは溢した。だが、ミシェルがその内容について聞く前に、メアは拳を握り締め威勢の良い声をあげる。

「よーしっ!ちょっと本気だすぞ!」

 ふんっ、とメアは全身に力を込める。何をするつもりか気付いたシェイドが止めようとしたが、すでにメアの周りを熱風が渦巻いていた。メキメキ、と音をたて、メアの背中から何かが生えてくる。それは、骨と皮で出来た、まさしく悪魔の羽だった。羽を折り畳むと、メアは素早く地上へ続く階段へと駆け出す。シェイドに叱られる前に逃げたのだ。階段を駆け上がりながら、飛んだりしないから、と弁解の言葉を叫ぶ。シェイドはため息を吐くと、悩ましげに眉間を押さえた。

「まったくあいつは…俺はやる事があるから見張れない」
「僕がちゃんと見張っておきます」
「そうか…何か派手な事をしようとしたらすぐに連れ戻してくれ。お前が動くなと命令すれば動けなくなるだろう」
「分かりました。ではヴィクス、僕たちも行きましょう」
「……俺は、いい」
「え?どうしてですか?」
「別に理由なんてねぇよ。お前らだけで楽しんで来てくれ、俺はマスターと待ってるから」

 ヴィクスらしからぬ弱気な態度に、ミシェルは違和感を覚える。何か理由があるのだろうが、やはりヴィクスがいないと少し寂しい気もした。そんな微妙な空気の中、シェイドは静かに影を伸ばす。ヴィクスの足をとらえると無理矢理一歩踏み出させた。

「うぉっ!?なんだよマスター!」
「良い機会だ、お前も行ってこい。留守番は俺1人で十分だ」

 シェイドの言葉に、渋々ではあるが、ヴィクスは自ら一歩を踏み出した。









「おぉっ!すげー!」

 通りにはモンスターやゴースト───仮装した人々がカボチャを切り抜いて作ったランタンやバケツを抱え行き交っている。始めて見たその光景にウズウズしているメアへ、後から階段を上ってきたミシェルは仮装用の悪魔の槍を手渡した。

「げ、何この弱っちい槍」
「小道具を持っていれば、ますます仮装しているように見えますよ」

 ふーん、と頷きながら、メアは槍を眺める。本物であるメアの角や尻尾や翼の前ではまるで槍の迫力は無かったが、それでも少しは仮装らしい。そこへ、数人の子供が話し掛けてきた。人間の姿のメアと同い年位だろう。

「なぁ、お前の悪魔の仮装すげーな!」
「今まで見た中で一番かっけぇよ!」
「へへっ、だろ?」
「良かったら一緒にまわろうぜ!」
「おう!」

 あっという間に、メアとその子供たちは通りに向かい駆けていった。見張り役のミシェルはその後を追いかけようとするが、ヴィクスの姿が無いのを思い出す。振り返れば、まだ戸惑っているのか本屋の窓から外の様子を伺っていた。ドアを開け、半ば強引ではあるがヴィクスの腕を引く。

「さぁヴィクス、行きましょう」
「いや、やっぱ俺はいい…マジでいいって!こんな見た目で出たら目立っちまう!」
「大丈夫ですよ、本当に!誰も変な目で見ませんから。落ち着いて下さい」

 不思議な事に、ヴィクスはそこで抵抗するのをやめた。何故かは分からないが、心が落ち着くのを感じる。

「ほんとに…大丈夫なんだな…?」
「はい。僕もついてますから」

 いつの間にか、ヴィクスはすっかり落ち着きを取り戻していた。ミシェルの後押しもあり、恐る恐るドアを押し開け外に出る。すると、母親に手を引かれた小さな子供がヴィクスを指差し言った。

「ママ、お魚のおにいちゃんがいるよ」
「あらほんとね、お兄ちゃんからお菓子もらおっか」
「うん!」

 魔女の仮装をしたその少女は、その小さな体には大きいカボチャのバケツを抱えヴィクスに駆け寄る。ヴィクスは思わず肩に力を入れた。

「おにいちゃん、トリックオアトリート!」
「……え…?」
「【お菓子をくれなきゃイタズラするぞ】、という意味ですよ。ポケットにキャンディが入っていますから、手渡してあげて下さい」

 訳が分からず慌てるヴィクスに、ミシェルがそっと耳打つ。ポケットを探れば、いつの間に入れられたのか、カラフルなキャンディが入っていた。恐々ながらに、少女が掲げるバケツに入れてやる。すると、少女は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう!」

 嬉しそうに、少女は母親の元へ帰っていく。母親は少女の頭を撫でると、微笑みながらヴィクスに軽く頭を下げた。

「ほら、誰もあなたを変な目で見ないでしょう?」
「…あぁ」

 気付けば、ヴィクスも軽く笑みを浮かべていた。今まで自分に笑顔を向けてくれる人間はミシェルだけだったし、これから先そんな人間が現れるとは思っていなかったが、そこまで悲観的になる必要は無いらしい。

「さて、僕たちも通りに出ましょうか。メアを追いかけないと」
「あぁ、そうだな」

 恐らくクロウがメアを見張ってくれているだろうが、万が一の事があればシェイドがひどく機嫌を悪くする事は間違いない。多くのモンスターや魔女が行き交う表通りへ、2人は向かった。



 この世でさ迷う魂を、天に返せと人は言う。行き場の無いこの身を、騒ぎで隠せと彼らは言う。


(ほらほら、君の隣にいるのは本当にただの人間?)






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