さぁリモコンは誰の手に!?






『勃発!リモコン争奪戦』








「寒…っ」

 いつものように本屋の地下室にやって来たミシェルがドアを開け、発した一言はそれだった。地上では太陽がカンカンと照り、家からここまで歩いただけでシャツには汗が滲むほどだったが、この地下室のドアを開けた途端、室内の冷気が全身を舐めた。

(やけにクーラーが効いてるなぁ…)

 そう思いながらドアを閉る。すると、いつものように声をかける者がいた。

「ミシェルだ!いらっしゃーい!」
「あぁメア、こんにち、は…」

 ミシェルはメアの方を振り返り挨拶を返す。が、それは語尾になるにつれ小さくなった。メアはいつものようにソファに座っていたのだが、ソファに座っているというよりはクロウの膝の上に座っていたのだ。しかもただ座っている訳ではなく、クロウのローブの中にメアがおさまっていた。クロウが相も変わらず無表情のせいで、ますますそれはおかしな光景になっている。

「えっと…メア、何を…?」
「へ?あ、これ?この部屋めちゃくちゃ寒くてさー、我慢出来ないからクロと一緒にローブ着てんの」
「…なるほど」

 あまり追及するのは野暮だろうと思い、それ以上は聞かなかった。

「確かにちょっと寒いですね…どうして今日だけこんなに冷房をきつくしているんです?」
「今日"だけ"、じゃなくて今日"から"なんだよなーそれが」
「それはどういう…?」

 首を傾げたミシェルに、メアが答えようと口を開いた時だった。

「お!ミシェルか、来てたんだな」
「こんにちは、ヴィクス」
「ほらほらこいつだよミシェル!ヴィクスのせいでこの部屋寒いんだぜ!」

 ヴィクスが奥から姿を現した途端、メアはヴィクスを指差し声をあげる。

「んぁ?何の話だ?」
「メアが、この部屋が寒いのはヴィクスのせいだと…」
「んーまぁ、あながち間違っちゃいねぇんだな、それが」
「え?」
「それがよぉ、水槽の水温調節機が壊れちまって…。水温が高ぇから入ってられねぇんだ」
「でさでさ、室内にいたら暑いって文句言い出すんだ!俺は30℃以上が快適なのに!」
「んなもん暑くてやってらんねぇわ!俺は20℃位が丁度良いんだよ!」
「なら冷凍庫に入って凍ってれば!?」
「テメェこそ暖炉にでも引き篭ってろ!だいたい調節機の修理が終わるまでの辛抱だろうが!」

 いつのまにか2人は口論を始めてしまった。どうやら地獄生まれのメアは暑い位が丁度良いらしく、水中での生活が長いヴィクスは肌寒い位が好ましいらしい。ヴィクスに殴りかかる為にメアは立ち上がろうとしたが、クロウが立ち上がらなかった為にそれは叶わなかった。

「離せよクロの馬鹿!」

 自分からローブに潜り込んだのにも関わらず随分な言い方である。だが、クロウは無表情のまま事の成り行きを見守っていた。ミシェルはというと、どうにかしてこの場を丸く治めなければ、と慌てて部屋を見渡す。ふと、シェイドがいつも使っている大きなデスクの上に、リモコンが置いてある事に気が付いた。見ると、エアコンのもののようだ。ミシェルはボタンを押し、設定温度を25℃にした。30と20の間の温度なら、お互いが少し我慢すれば解決すると考えての事だ。その事を伝えようと顔を上げると、2人は口論をやめこちらをジッと見ていた。

「な、なんですか?」
「ミシェル、まさかお前それ…」
「エアコンの…?」
「は、はい。25℃に設定しました。お互いに少し我慢すれ、」
「そのリモコンを俺に渡せえええええ!」
「違うよこっちこっちいいいいい!」

 それはそれは凄まじい迫力だった。素早くローブから抜け出し、メアはミシェルに飛びかかる。が、ミシェルは咄嗟にそれを避け、リモコンを握り締めたまま逃走を図った。その行く手を塞ぎ、ヴィクスが手を差し出す。

「リモコンこっちに渡せ、な?」
「だ、だめです!皆平等に我慢すれば良い話です!」
「そうか…なら容赦しねぇ!」

 がばっとヴィクスまでもが飛び掛かってきたが、またもそれを避けたミシェルはソファを飛び越え反対側へ回る。が、そこで待ち構えていたメアがミシェルの背中にしがみついた。

「へへっ、捕まえた!リモコン頂き!」

 リモコンを奪ったメアは、床に積み上げられた本をバサバサと崩しながら走り、ピピピッと設定温度を上げる。

「30度に設定したもんねー!」
「てっめぇー!今すぐ下げろ!」

 今度はヴィクスがメアに飛び掛かる。その反動でリモコンが飛び、再びミシェルの手元に戻った。慌てて設定温度を25℃に戻している隙に、2人に飛び掛かられる。3人で床に倒れ込み、ミシェルは見事に下敷きにされた。リモコンを取られないよう背中を丸め死守するが、上に乗っている2人もお互いに押し合い圧し合いしながらリモコンを奪おうと必死だ。

「ミシェル!俺に渡せー!」
「黙ってろテメェは!ほら、ミシェルさっさと俺に渡せ!」
「わ…渡しません…っ!」

 床に転がり3人で縺れ合う内に、床に積んだ山の本がいくつかバサバサと崩れた。デスクの上の書類も、誰かの足がぶつかった拍子に崩れ落ちる。ミシェルは必死にリモコンを守り、その上にのし掛かったヴィクスとメアは揉み合いながらリモコンを奪おうとする。その様子を、ドアにもたれ掛かり見つめている者がいた。その人物は深いため息を吐き、3人の元へ歩み寄る。その革靴の音を聞き、3人はぴたりと固まった。

「楽しそうだな、俺も混ぜてくれないか」

 恐る恐る顔を上げると、そこにはシェイドが腕を組み立っていた。口元にたたえた笑みは完全に凍りつき、腕の形をした影が彼の足元から複数伸びていた。

「こ、こんにちは…シェイドさん…」
「あぁ、ミシェル。大丈夫か?」

 ミシェルの腕を掴み立ち上がらせる。上に乗っていた2人は慌てて立ち上がり、気まずそうに2人で寄り添った。

「さて、これがこの騒動の原因か…」

 ミシェルからリモコンを受け取り、ヴィクスとメアに視線を向ける。すぅ、と息を吸い込むと、

「馬鹿者!!仕様もない理由で暴れまわってどうする!!!」

 怒鳴られたメアとヴィクスは縮み上がった。今までにない怒鳴り声に驚き、ミシェルもびくりと肩を震わせる。

「部屋を見ろ!本が散乱している事に気付け!」
「す、すみませんシェイドさん…僕がリモコンを見付けたからこんな事に…」
「いや、ミシェルはいい。放っておいても喧嘩しただろうからな。ミシェルの考えも聞かずに騒ぎだしたこいつらが悪いんだ」
「す、すまねぇマスター…」
「もうしません…」
「当たり前だ。クロウが知らせに来なかったら今頃どうなっていたか…俺はまだ用事があって出掛けるから、帰ってくるまでに片付けておけ」

 そう言い残し、シェイドは再び地上への階段を登っていった。その直後、入れ代わるようにクロウが3人の目の前に現れた。メアはクロウの胸ぐらにしがみつきガクガクと揺らす。

「なんでシェイドさんに言うんだよー!怒られただろ!クロのバカ!」
「まぁまぁ…協力して片付ければすぐに終わりますよ」
「しゃあねぇな…マスターが帰ってくる前にさっさと片付けてちまうか…」
「クロも手伝えよな!」



 その後、片付けの最中もヴィクスとメアが揉めた為、シェイドから【2人共狭い部屋に閉じ込める刑】に処せられた事は言うまでもない。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -