人でもあり獣でもある彼が、
 人を率いることができるその理由。



『Silent sword』





 処理班の仕事は"Evil"において最も多岐に渡り、死体や証拠の隠滅から本社内のエアコンの取り付けまで、他の班が請け負わない仕事を全てこなす。構成員は最も多く、力仕事が多いため男性の割合が100%である。そんな処理班をまとめている幹部がミミックだ。
 周りを見渡せる広い視野を持ち、部下からの信頼も厚い。そして何よりもフロストに処理班の幹部を命じられているという事実が彼にじゅうぶんな責任感を与えていた。
 だが、そんなミミックが手を焼く組員が、2名。

「あッ!レフ、ライ!GPS付けンの忘れてンぞ!」

 いざ社外任務、と勇んで出かけようとしていた双子の背中をミミックが呼び止める。ギクッと肩を震わせた双子は、ゆっくりと振り返った。

「えぇー、付けないとダメっスかぁ?」
「別にGPSなんかなくても迷子にならないスよぉ」
「あーのーなァ、そォいう事は任務ほッぽり出して余計な事をしなくなッてから言え」

 レフとライの襟元を掴み、半ば無理矢理に小さな端子を取り付ける。ここで抵抗をしない辺り、この双子は軽い口をきく割にミミックを上司であると自覚しているようだった。
 ポンっと背中を叩き、鋭く尖った歯を見せて笑う。

「テメェらの仕事ッぷりは買ッてンだ、頼ンだぜ!」









「とは、言われたものの」
「今回はちょっとミスったなぁ」

 たはは、と抜けた笑いを漏らす。そんな双子の身ぐるみは剥がされ、背中合わせになるように鎖で拘束されていた。成熟しきっていない身体のあちこちにはアザができ、血が滲んでいる。目隠しをされて連れて来られたせいで何処にあるのかも分からない部屋で、男数人に囲また。つまりは、社外任務失敗である。
 完全に窮地に追い込まれてる2人であったが、さすがはこの街の問題児、臆する事なくボスらしき男に声をかける。

「ねぇー、ほんとに取り引きしてくんないの?」
「先輩にガッカリされちまうってー」
「うるせぇぞ!お前んとこの組織がまともに取り引きを持ちかけてくるわけがねぇ。こんなガキ2人を寄越したのがその証拠だ!」
「ひっでぇー、"Evil"に対する偏見じゃん」
「オレらとミミック先輩に謝れっての!」
「あっ、そういえばGPS付けてたなオレら」
「そうじゃん!あーあ残念、ミミック先輩がくるからコテンパンにされるよアンタら」

 余裕の表情を浮かべケタケタと双子は笑う。それを見て、今度はボスや周りの部下がニタニタと笑みを浮かべる。

「俺たちがバカに見えるか?おめぇたちの襟首についてたGPSは、このアジトに着く前に叩き潰しといた。どういう事か分かるな?」

 双子の顔からスッと笑顔が消える。

「あー、まじか」
「やっちゃったなそれ」

ーーーーバタンッ!

 唐突に部屋のドアが開く。双子はそれを知っていたかのように、目配せすると、首を振ってうなだれた。

 突然の乱入者へ、ドアの見張りをしていた男が声をかけ、その肩を掴む。だがそれを容易く払い退けると、高い背を少し屈め、男の顔を覗き込むようにし、苛立ちが込められた声で唸った。

「テメェらのカシラに用があるッつッてンだろ、黙ッてろ」

 睨みつけられた男はヒッと短く声をあげると、大人しく後ずさる。部屋の中へ歩を進めたミミックは双子には目もくれず、人のいい笑みを浮かべ、カツカツとボスの前に歩み寄る。

「ウチの部下がずいぶん世話になッてるみてェだなァ」
「なんだ?てめぇ」
「そこにいる2人の…まァ、上司だナ」
「ほぉ?つまり"Evil"のお偉いさんがわざわざ出向いたってわけか。なんでここが分かった?」
「俺ァ鼻が効くンだよ……。それより、前もッて『武器の取り引きをしたいからコッチの組員を2人送る』ッて話、通ッてたハズだな?」
「ああ、聞いてたさ。けどこっちはハナからテメェらなんざ信用してねぇ、ガキ2人なんざ寄越しやがって、ナメてんのか?」
「……なるほどな、わかッた」

 ミミックはため息をつくと、コートのポケットから一枚の紙を取り出す。男に向かってかざされたその紙には、一目見ただけではすぐに読み取れないほど桁の大きい数字が書かれていた。だがそれが何の紙なのかはすぐに判断できる、小切手だ。それを、ミミックは何の躊躇いもなくビリビリと破いた。

「なんっ……!?お前なにやってんだ!?」
「見て分かるダろ?契約破棄だ」

 今までの笑みがスッと消える。

「取引相手じャアなくなッた今、テメェに言いてェのは一つだけだ」

 細くなった瞳孔、鋭い爪が光る指先にバキバキと力が入る。

「俺の部下、返してもらうゼ」

 ミミックは武器を持たない。長い手足とそこについた筋肉全てが武器そのものだった。蛇のように相手の懐に滑り込み、相手の喉笛に食らい付き、引き千切る。頭から返り血を浴びながら相手を噛み殺す様はさながら、獣のようだと皆は言う。



 ズシン、と重い音をたててボスだったその肉塊は床に倒れる。ミミックが噛み千切った喉笛を床に吐き捨てると、ドチャッと嫌な音がした。

「まッず…食えたモンじャねェな」

 血みどろになった口周りを、血塗れの手で拭いながら振り返る。始まりから終わりまでをすべて見ていた男の部下たちは、腰を抜かして座り込む者や、耐え切れず嘔吐する者など様々だ。

「なァ、でけェペンチとかねェのか?コイツら自由にしてやッてくれ」

 双子を顎をしゃくり指しながら指示を出す。部下たちは我先にとペンチをどこからか持ってくると、レフライの鎖を断った。だが、双子は座り込んだまま互いに目配せをしたと思えば、そのまま深く頭を下げた。

「「すんませんでした!!」」
「せっかくオレたちの事を見込んで仕事任せてくれたのに、」
「先輩の顔に泥を塗るようなことをして、しかも助けてもらって…」
「完全にオレたちの力不足でした。どんな罰でも受けます!」

 双子がここまで謝るのも珍しいことだった。ミミックは目を丸くした後にふっと笑い、血塗れの手をコートで拭ってから、双子の肩にポンっと手を置く。

「帰るゼ!デリのオッサンにケガ見てもらわねェとな」
「へ?」
「あの、でも」
「なァに気にすることねェよ。相手がバカだッたンじャア、俺でも取り引きできねェッて」

 双子の腕を掴んで立たせながら、ミミックはカッカッと笑う。双子は申し訳なさそうにうな垂れながらも、少しだけ笑った。
 ミミックが立ち上がると、未だ腰を抜かしている部下たちがヒィッと声をあげる。

「あァ、オメェらのことはどうこうしようとは思ッてねェよ。カシラがバカで、オメェらもかわいそうになァ。まァ、今度はもうちょっと良い奴の下につきな」

 じゃあな、とミミックは双子の肩を支えながらその場を後にする。



 そしてその数日後、あの部下たちが"Evil"を訪れ、処理班に加入したい、と口を揃えて言うのだった。



『その獣は上に立つ』Fin.



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